3-44) 酔いがさめるまで・・・

Dscn5576◯本物といえるもの
「きょうびの一流というのは当てになりません」はワイフのセリフ・・・・芸人だけではない。日本の政治家が間違いなく3流という評はすでに定着している。

若い人が高級ブランドを以前のように買わなくなった。わたくしたち熟年は「ブランドのロゴ」ではなく品質で購入するようになっている。「人物」にしろ、「物」にしろ・・・・観客の方が見る目も経験も豊富だ。

ハワイのコンドはアトキンソン通りを渡ればアラモアナCSだ。 栄枯盛衰はあるが世界中のブランドが軒を連ねている。ここの「ルイ・ヴィトン」賑わいで日本からの観光客の人数が分るとワイフがいうが、これは信じていいようだ。


2やっと当たり前のことが当たり前になってきた。
誰もが通るいつかきた道か? 若い頃、結構ブランド品を買い使った。
ブランド品だから「品質」も一般品を凌駕していると思うのは、使って見ていえるのだが「錯覚」だ。わたしの経験的・独断的判断で申し上げれば、そんなものは数社しかない。長く使えばボロボロになった、ブランド品の残骸が身許にゴロゴロとある。

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「お金持ちはドイツ車に乗るという常識を壊す」と意気込んだが歯が立たない。レクサスの購入者の大半はクラウンなどトヨタ社からの乗り換え、独車は強い。と記事にある。

「いずれドイツ車に乗せます」とプロポーズの時にワイフに云ったそうだ。キザなセリフそれも果たした。果たしてみるとどうっていうこともない。キビキビとした反応が特徴的ではあるが、トヨタ車との違いもあまりない。
ディラーで「ドイツ車はもういい」と話したら、「お客さん今までのチヨット癖のある?顧客はレクサスにかわりました」と言わずもがなの話が帰ってきた。
若い日使ったルイ・ヴイトンのバッグ・・・・間違いなく世界の名品の一つである。これも恥ずかしくてゴルフ場などには持っていけない。


Photo「ブランドの存在する場所は顧客一人ひとりの脳細胞だ」消費者がある商品やサービスに遭遇した時の驚きや感動が脳細胞にきざみこまれる。その後その商品を通じて味わった興奮や楽しさ、満足感によってブランドが強化され、確固たるものになる。つまり他では得難い独自の世界を顧客に提供し続けることで、ブランドはブランドとして成立する。 (ブランド研究者片平秀貴氏)


「高いから当然ものがいいだろう」という期待に堪えられる評価の持続が、ブランドかどうかのポイントだ。高い価格がどれほど同種商品に比べて差を打ち出せるか、上記レクサスの話は、ベンツを超えるところがないからだ。以前の「セルシオ」が「レクサス」に名を変えて、少なくとも外から見てはっきり違いが解るのは、価格が高くなっただけにしか見えない。

   
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私などは都会育ちだから時代の移り変わりに過敏に反応した。私が身につけたものものが、決まって次の時代の主流なった。しかし時代に合わすという流儀は、早晩次にその位置を譲る。

わたしの友人池谷君。 習い事は「能」数年に一度は舞う。
大学時代に彼の洋服屋に付き合ったことがある。彼が決してたくさん持っているというわけではないが、少なくとも後年解る一流と呼ばれる服地ばかり、形にこだわることは決してなかった。 名前や時代に左右されない育ちが身についている。本物は時代を追いかけるのではない。時代が本物にすり寄るってくるのだ。


若い時期生意気にもエルメスのネクタイにこだわった。一般的ネクタイが10本は買えただろうか。「なぜそんな高価格になるのか」を、知り合いの従業員がいて尋ねたことがある。エルメスの代表商品のひとつに絹のスカーフがある。これを広げて対角線上にネクタイを置いた。バイヤスと呼ぶのだけれど、あのスカーフ1枚で丁度1本のネクタイしか取れない。しかもその「柄」は世界で数本という限定柄だ。その説明に感心した、というより酔ったという方が正しい。


「勝負パンツ」というふざけたコトバがある。ここ一番という日に女性が身につける下着のことを指すらしい。女性の覚悟の吐露だろうが世の中露骨になったものだ。昔から「勝負服」というのはあろう。「甲冑に身を装う」ように特別の日には、お気に入りの洋服(さすがにゼニヤはよう買わなかった。アルマーニ・ブルックスブラザース・フランスのトラッド・ファソナブル)にエルメスのネクタイが出番だった。

アルマーニは初期のハワイで買ったものだ。日本では近年ことにシルエットがスリムになって,中高年はお呼びでない。外国では40S(アメリカサイズ)というのがあって日本でより選択肢が広い。殊にアメリカのサイズはゆとりがあって・・・・ここの所向こうのものしか買ったことがない。

4昨今はオフイスでも綿パンというスタイルも散見されるようになった。わたしのゴルフ場などチノパンにオックスフォードのボタンダウンが制服で、若い人も少し年往った社員まで、これはこれで好印象だが、私の時代、オフイスではスーツ以外は禁忌だった。フラノのパンツに紺ブレは宣伝部長の私が禁を破った張本人だ。


東京へ出張・・・・関西人からいえば花のお江戸だ。舞台に文句はない。通勤時の山手線、身動きできぬほどの混み具合、カーブで車中に人波がたつ。目を送った人ごみに・・・・同じくエルメスのネクタイを締めた客が、しかもそのネクタイが毎日締めているのか手垢で汚れている。降りる駅ではなかったが、車中をかき分け慌てて次の駅で飛び降りた。世界で数本というおとぎ話をブランドが自ら打ち砕いた瞬間だった。その日からエルメスのネクタイもブランドでも何でもなくなった。

酔いがさめた残骸を去年息子にすべて差し上げた。


*写真資料はエルメス社より転載しました。

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3-43) ご注意

玄関にはり紙がしてある。
「バルコニーの壁には、外部の壁からはみだしたり建物の外観を損ねるようなものを掛けたり、取り付けたりしてはいけない」
と日本語で書いた事務所のセキリュティーから注意が来た・・・・当然だ。
クリスマス時を除いて、カラフルなライトをバルコニーに飾り付けることも禁止。洗濯物はもちろんラナイ(バルコニー)に植木を置くことも禁じられている。

洗濯機は乾燥機がついていてガスで乾かす・・・・洗ったものは暖かで見事に乾燥しているから洗濯ものを干す必要はない。


Dscn4515日本人は太陽の崇拝者だ。ことにハワイは太陽に恵まれたお国柄だ。出来上がった洗濯物・・・・孫のものなどはことさら室内、陽の当たる場所にぶら下げる。外から見える?とも思えないがこれがオトガメの理由・・・・

生活習慣の違いや民族的な差というものは確かにある。上記のものを干すという行為に過敏に反応するのに比べたら、深夜でもピアノ音を響かせたり、洗濯機を回すこと、音に関しては「鈍感」と思える。


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3-42)ビーチウオーク



Dscn4231ワイキキの中心懐かしいようなごちゃごちゃした感じの一郭が再開発された。カラカウア通りから海が近くになった気もする。

近くにワイイキキのランドマーク、トランプタワーも建った。ランタン輝く夜この辺りを散歩すると世界一級の観光地を実感する。名実共にワイキキを代表する一郭に生まれ変わった。




Dscn4233従来の建物が取り壊されて道幅が広げられた。両サイドのホテルはウィンダムが運営するいま流行りのコンドテル、普段はホテルとして活用されている。部屋を確認したわけではないが、造りは全く日本規格か・・・窓もラナイも全てこじんまりとしていて、スタジオと呼ばれる部屋のように見える。豪華さを立地に置き変えたといえば満足が行くかも・・・・近々見学してみたい。


この商業施設2階に大好きなルース・クリス(ステーキハウス) 1階にはハワイカイの名門ロイズも出て来ている。なによりハレクラニホテルが目の前だ。

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3-41)ハワイ大学 マノア

03/02/26
1997〜8年頃は車でハワイ大学マノアキャンパスへ行くことができた。それが急に学生君のマイカーが増えて、校内で駐車に難儀するようになる。時代の趨勢といえるが、咋今の車の通学は、アメリカの好景気を繁栄してか社会現象といえるのではないか? バスの利用が利口な手段だ。

Dscn5101_2ハワイ大学キャンパスへ、アラモアナSC、コナサイド、18番バスでキヤンパスセンターまで行ける。キャンパスが広いからバスストップは1つではないが、周辺どこでおりても別状ない。

真夏の校庭は新学期を迎えて閑散としている。海外からの留学生も多いから帰国している学生もいるだろう。キャンパスのいたるところに張り紙がしてあって、譲ります・・・・譲って欲しい。前者は卒業生が、後ろは新入生からのものだ。日本でいう下宿先から自動車まで・・・・眺めているだけでも結構楽しめる。

ブックストアー(Coop)で、本やステーショナリなど買い物を、ハワイ大学マノア校なら格好のお土産にもなる。教科書は卒業生が新入生に譲るようだが、真っ黒になるほど使い込んだものから、新刊と変わらぬものもあるから、選ぶのは新入生の好みだろう。


学生食堂で学食、これも幾つもあって、大体がセルフで好きなメニューをトレーにのせて自席まで運ぶ。教授専用食堂もあるが、なぜか先生方も生徒と同じ席を好む様子はアメリカだからか? 
この食堂で日本人学生はいつも群れる。息抜きにランチタイムが格好の時間だと承知していても・・・・友人于チャン(中国人)がイギリスに留学中、中国語を封印していた姿勢とはずいぶん違うように思う。現地の言葉に馴染む最たるものは、日本語を使わない環境に身を置くこと・・・・日本人がどれだけ英語を学んでも国内では使う機会が皆無で、すぐ錆び付いてしまう。使える環境にいて使わないのでは、端で見ていて残念でならない。

少し乱暴な若者達が使うトレー(お盆)これが軽くて堅牢で、なにより盆の上の品が滑らない優れもの・・・・・何を隠そう・・・・・それを一つお借りしてコンドで使っています。「ハワイを引き払う時はかならずお返しします」とここで告白しておきます。

何度か行ったことがあるキャンパスを歩き回って、「不満足でなかった我が人生」、若い日、外国での学性生活だけは体験したかったという思いがする。

2012年日本の大学が秋入学を模索している。学校もグローバル・スタンダードを目指す。国際化という高い意識は理解できるが、海外の学生の「利便性」を考えての改革ならもっと方法あるだろう。最近関西で感じるのは、京大や阪大など国公立大学の留学生が多いように感じること、日本人が入学しにくい学校を外国人に開放するのが、本当に日本の大学の将来をバラ色にするのか、わたしにはいま一つ理解できない。


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3-40) ビーチ

1オアフ島で名だたるビーチはというと幾つもある。太平洋の真ん中に海底火山が顔をだしてできた島は・・・・部分的には断崖が海ヘせり出した土地を除けば、海との吃水全てがビーチといえるかも知れない。「骨董」は釉薬のかかっていない部分の土をみると時代が分かるといわれる。

ビーチの砂が島の誕生の歳月を知らせている。島の誕生が古いほど浜の砂は白く、新しいものは溶岩が痕跡を残して黒黒としている。

代表的なハワイの島々、カウアイ島・オアフ島・マウイ島・ラナイ島・ハワイ島5島の中でオアフ島は2番目に古く、当然ワイキキに代表される白砂のビーチがあちこちに点在する。


ハワイはリピーターも多く少し事情が解ってくると、つい余り知られていないビーチに足を延ばす。ご存知のノースショア・・・・冬場は海水浴程度の感覚で遠出すると波が高く、風が強くてとんでもない思いをする。咋今はワイキキの北コウラル山脈を越えてのカイルアの海岸が人気スポットの一つだ。確かにこの海岸は日の出が望める希少なビーチの一つだが・・・・ハナウマベイヘは行ったことがあるだろう。 上記いずれのビーチも中長期の滞在でなら、天気を見て出かけるのもいいが、普通の旅行者なら時間が勿体ない・・・・バスで行くとなるとほぼ終日潰れるはずだ。

風の強い南の小島・・・・島の東南に位置するビーチが、山脈を背にして風と雨を遮ることになるから、快適さも一入、観光地としての条件にも恵まれる。ホテルの周辺のビーチで楽しむのが利口だ。


3アラモアナホテルの上に大きな虹がかかる。夏場見た虹では最高の規模だろう。ビート坂に乗って沖から浜に向かって泳ぐ孫娘からは真正面に見えているはずだ。この孫娘新生児から今年7歳・・・・既に存分にビーチで遊んで育った。
もちろん母親たる実の娘と一緒に過ごしたのだが・・・・以後はその親子の述回でもある。


ビーチだけでいえばワイキキ・・・・これはホテルのプライベートを含めて管理されている。さすがに砂がキレイ・・・・昼は大勢の客で賑わうが、深夜この浜に清掃車が入る。毎日ビーチを磨き上げているのを 観光客も知らない。落とし物を捜す探知機が砂浜で活躍する。この方は観光客も目にしたはずだ。砂がきれいになっていて当然だろう。
ただし昨今の難はワイキキビーチが痩せていること・・・・現在東から西の端ホテル街をビーチだけで歩き通せるかというと心もとない。もう少し砂がふんだんに欲しいところだ。

ワイキキビーチから海沿いに西へ歩く。名だたる遊歩道の一つだ。
ヒルトンまで西下すると砂の質が少しだが粗くなる。それでもさすがにホテルのビーチだ。近年整備が進んだラグーンは・・・・過去はただのため池・・・・は幼児たちも楽しめるビーチに生まれ変わった。

アラモアナビーチはもっと西下する。ワイキキに劣らぬ規模はロコのたちの専用のビ−チだ。基本的には珊瑚礁でできた同じハワイの砂だが、手入れが少し違う。砂になりきれない珊瑚の欠片がビーチの砂に混じる。なれぬと足の裏が痛い。公園の中にあって、ビーチを楽しめる施設も充実している。ウイークエンドなどはローカルたちが芝生に陣取って終日のんびり過ごす。


通称マジックアイランドは人工的な埋めたてで生まれた。海へ迫り出している分、東にダイヤモンドヘッドが望めるし、反対側サンセットの眺望もワイキキよりこちらがオススメだ。


ハワイのバイブル書、片岡義男氏の「ラハイナまできた理由」の中に「プレート・ランチという幸福」という小話がある。目の前に豪華なショッピングセンター、 私の世代だと少しチーパかなという気もするが 、ここのフードコートでなら世界中のプレートランチがお望みどうりだ・・・・
友人の息子君が失意の日、数ヶ月をプレートランチを携えて、「もう飽きるほどたべた・・・・」とアラモアナビーチでの思い出を語ってくれた。

わたしにも同じような苦い想い出がある。大学卒業前の夏休み父親との相克に友人宅に身を寄せた。友人は当時すでに働いていたから昼間は一人。近所の川へ釣りに出かける毎日、大方の釣り仲間が子供中心だったが中の大人が交じる。 無聊の日々・・・・際立った釣果が仲間内で有名になる。多感な青春の最中、研ぎすまされた神経,川底で餌を食べる魚映が見えていた。
それに比べたら今は広告代理店D社に身を置く彼の方・・・・失意の日といえどもアラモアナビーチでの過ごした話はいかにも格好よすぎる。前記の小説を知っていて、試されたのではないか? という思いがする。

いずれにしろ若い頃・・・・無聊で過ごした経験が、後後の人生の場面場面を「萎える」ことなく過ごせた。ハワイでのでっかい時間を過ごした彼の方、今人生の夢を果たすためにまっしぐらでいるはずだ。


Photo_2ハワイでのゴルフのインストラクターHさんは、滞在中「毎日足だけでも海に浸かるように・・・・」とすすめてくれた。科学的論拠も説明してくれたが・・・・ハワイでそんなことは必要ない。とにかく「海に浸かる」のは究極の癒し。ロコたちは間違いなく毎日海に入る習慣を身につけている。とにかくここではお好みのビーチが短時間で選べる。

「海が好きだ」は日本人男性が、決まって括弧つけていう言葉の一つだろう? 海に囲まれたお国柄とはいえ、海が大変遠いのも事実で、この反動が上記の言葉になっているように思えてならない。ハワイでは海が好きだというようなキザな言葉は通用しない。海は生活に密着している。

西の水平線に夕日が沈む・・・・泳ぐ人たちが少なくなった。ビーチではサンセットをカメラに収める人たちの姿が増える。見上げる東の沖天2本のパームツリーの上に滞在中2度目の満月近い月が白い。

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3-39) 寒中お見舞い

梅一輪一輪ほどの暖かさ  服部嵐雪

Umeこの冬の日月の流れ、フイルムの「遅い送り」を見るように観察していました。

梅一輪,一輪ほどの前の一輪と後ろの一輪に、間隔が空くと季節が変わる。まだまだ冬の居座る寒さの中で、たった一輪だけ・・・・これは冬最中の歌です。

耐えて耐えた・・・・・やっと季節が動き始めたようです。
ご存知のように久しぶりの厳冬日本を「もういいよ」というほど味わいました。


「四季」に恵まれた日本で、いじらしいほど心を研ぎすませて、春の足音を探す毎日でした。


「小さい秋」という歌があります。上記の服部嵐雪の歌はさしずめ「小さい春」にめぐりあった感慨を的確に捕まえたものの一つでしょう。それでもその動きは遅々としていました。庭に咲いた一輪は、本当にたった一輪・・・・次は咲きそうにない厳冬の最中でした。こんなものに春を感じるとしたらよほど神経を研ぎすましていないと・・・・豪雪に泣かされた毎日、北国の人には申し訳ない「感傷」かもしれません。


Photo関西の日本海側でも雨の日が増えてきました。こうして徐々に春が来るのでしょう。昨日大阪へ出たら,ホテルのロビーで豪華な段飾りが、明後日はひな祭りです。

とろけるような常夏の島でのロングステイに慣れたからだ、少しはしゃきっとしたでしょうか?
日本にいたこと,ハワイへ行かなかったこと・・・・今の所どちらがどうだったか解りません。


日常にどっぷりの生活が、あちらでの滞在とはちがう・・・・という思いだけが尾を引いています。

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3-38) 日本にて

Photo2012年の冬、15年間続けての避寒、ハワイ行きを止めた。
「寒イ・・・・」日本の中央関西の平野部でここ2〜3日、昼間の最高気温が2度3度だ。とろけるような常夏の島を知るだけに落差が大きい。修業僧のように春の足音が近づくのを身を縮めてひたすら待つ。

アメリカPGAのゴルフ開幕戦が,ワイアラエCCで始まった。刺激されたわけでもないが、日本で暖かい日を選んでゴルフにチャレンジしたいと思っていたが、この寒さでは仲間が集まらない。15分程度でいけるメンバーコースも、冬期は利用できないままだ。老体に気をつける、さすがにご同輩たち結構なことだ。

おなじく仲間の一人、この人は定年になったらゴルフをやめた。彼からメール届く。「昼間で喫茶だと付き合う」という。悪い提案ではないが、「お茶をする」ために兵庫から京都までは出向きにくい。

年取ると経済的理由を含め、それぞれに諸般の事情が重なる。資産についても自分の寿命が読めないから不安が募る。例えば仕事をやめたら携帯電話も放棄する仲間が増えた。それだけでも連絡が取りにくい。携帯にはダイレクトで本人につながる魅力がある。従来の自宅への回線だと、決して悪い相談でもないが、先方の家族が出て、ましてお遊びのお誘いなどは多少とも気を遣う。仕方なく素つけない書簡を投函する仲間が何人かいる。


私たち夫婦の経験から家族には携帯を持たせてある。ワイフなどは息子に娘、以外はたまに自分の兄弟に使うだけだ。


友人の連れ合いが軽い虚心症で倒れた。幸い順調に回復しているようだ。この友人は私の後輩で当時は現役で、仕事で飛び歩いていた。健康を回復した彼女が「私が携帯を持つようになったから」と私のアドバイスを感謝の言葉に変えてつたえてくれる。携帯が家族とつながっているという満足感と、安心感は何物にも変え難いと・・・・新しい電話機ならGPS機能が充実している。万一行きだおれたとして・・・・即刻現在位置が確認される。年取ったらなおさら「セコム」みたいなものだと感じている。

ネット社会の普及で・・・・「FaceBook」などで簡単に友だち作りが可能だが,われわれの世代だと「手軽さ」が友人との出会いだとは思えない。

定期的に会う仲間や友人たち、気が会う会わぬはもちろんだが「会話の質」まで吟味したらそれほどいない。M君は糖尿,それに近年は不整脈があるそうだ。先日誘ったO君は通風、年齢枠にこだわるとつい付き合いが希薄になるようだ。何となく寂しい。年齢枠を外しての付き合いが必要になってくる。

Photo_2そんは時に7歳の孫から電話が入る。
「おじいちゃん・おばあちやん、今年はハワイ行かないで日本にいるのでしょう・・・・2月9日は私の誕生日、いつしょにお誕生会をしませんか?・・・・美味しいステーキも食べたいし、この間初めて食べたロシアンケーキも・・・・?」しっかりとリクエストがはいっている。

早速会場探し・・・・久しぶりに私もワイフもワクワクしている。

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3-37)水の都

20110930_1057古代文明発祥の地、エジプトはナイルの下流の肥沃の土地に開けた。水の都と呼ばれる大都市は多い。世界いずれの大都市も大きな川の下流に開けている。我が街大阪もその一つだ。水の確保ができて街が作られたと考えれば当然のことだし、もう一つ広い平野部が河川の堆積で格好の土地が広がる条件も見逃せない。

昨年タイ・チャオプラヤ河が氾濫してバンコックの市民生活に多大の被害がでた。通常乾期雨期の変化で・・・・乾期にはほとんど水が流れておらず、広い川幅が河川敷として使われるが、チャオプラヤ河はいつ見ても満々と水をたたえ、その流れは穏やかな河川が特徴だ。

日本からの進出企業に多大の被害がでた。間違いなければホンダの工場は、正常時も工場内に水が堪っていて、蚊が湧く環境でこれを改善するために魚を放っていると何かで読んだ。「カイゼンが旗印の自動車産業やるもんだ」と感心して記事を覚えていた。

タイの河川の勾配が大変小さく、上流で降った雨が海上に流れ着くのに、数週間以上かかったのはみなさんご承知の所だ。市民生活は海上交通手段として船が多用されている。推進力は古い自動車のエンジンが使われていて、その音けたたましいヒビキがいたるところで・・・・タイ工場に駐在したTさんは市民は慣れていると・・・・さほど深刻さはない。


ハワイには大きい河川はない。火山の頂上が太平洋に顔をだしてできた島、大河川が流れる条件はない。

ワイキキは川のないところに拓けた数少ない街である。
わたしが住むことになるコンドミニィアムの横にはアラワイ運が流れる。これとて数㌔さかのぼれば暗渠で姿を消してしまう。山から一気に海へ流れる水、1920年代にワイキキの治水のためにつくられた運河だといわれる。ワイキキを取り囲むように流れている。
 
川の堆積でできた平野部と水源の確保が、大都会の生まれる条件だとしたら、この両方を満たしていない。街は海岸沿いと峻険な山脈に添うように細長く拓ける。私の住む阪神間も山が近く海が近い細長い街・・・・ワイキキに似ている。

もうひとつハワイの気候を快適にしている貿易風・・・・・通常は北東の風が島を吹き抜ける。太平洋上の小さな諸島「強すぎる風」がハワイの名物だ。必然的にこの風を避ける側に街が生まれる。そして湿気を含んだ風は山脈が盾になって、反対側で大量の雨を降らせる。捨てるようにすぐ海に流れる水、水源は要らない。この水が大変美味しい・・・・・今の所水に不自由していない。

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3-36) 日本沈没

Photo_2

今年は久しぶりに冬期を日本で過ごします。

昨年3月11日ハワイ東日本で大震災が起きました。南の島でのロングステイ直接的な被害はありません。それどころか日本に居る息子などは、原発の様子が分からぬから、少しでも長くハワイに滞在するよう連絡が来ました。

ハワイでの日本人向けメディアNHKは、通常有料放送でわたしなどは不要としていましたが、これが非常時でオープンになって流れました。ついついTVの前で・・・・四六時中災害現場からの画像が流れます。南北に細長い日本列島、震災現場以外の日常は伝わってきません。知らない現地の人が見たら当然日本は潰れたと思うでしょう。わたしもロコたちから「帰る所がなくなったのか」と問われたことがありました。

オーストラリアに移住している友人K君も同じことを・・・・昨年末当時の様子を「日本沈没」と報じた韓国メディアが、ここにきて謝意を表明しましたが、日本に居る日本人より海外で受ける惨事の方が大きかったのは本当の所です。
滞在中は無視すればいいのですが、日本人日本にいないだけ心痛むところがあります。
ワイフなどはこの「メディヤ中毒」に罹って気分鬱鬱・・・・もう病気の様でした。



Dscn5472下の孫娘。小学校2年生になると冬休みに長逗留というわけにはいかず夏休みに・・・・7月8月もハワイで過ごしました。孫と娘夫婦も一緒で、これが大変楽しい生活で元気を貰いました。
ハワイはどのシーズンもいいものですが、あえていうなら夏場とクリスマスシーズンが格別です。気候温暖な島、避寒に申し分ない環境が、夏場は北東からの貿易風が吹き抜けて、汗かくようなことはまあありません。

燦々と輝く太陽・・・・咲き乱れる花々、海も空も真っ青で心まで青に染まります。。
それをもう一度味わおうと夏休みに変更したのです。



Dscn5376年明けて1月の第一週、アメリカPGA(ゴルフ)の第一戦がマウイ島カパルアから始まりました。衛星TVの中継を見ています。映像は冬期のハワイ、南の方は雨雲、北側は晴・・・・みどりの絨毯のコースの向こうに蒼い海が光っています。時折カメラがパーンして写るマウイの海岸線・・・・サーファーが波を踊るように滑ります。
ゴルフもさることながら、ハワイからの映像を、春遠い日本で見ていると、気持ちいい思いと、やっぱり冬期も・・・・と心うずきます。

来週はオアフ島でソニーオープンが始まります。PGAの第二戦ですが詳しくは、今年のゴルフの初戦というべきゲームです。いつもなら現地で観戦しています・・・・カハラの風と波の音が聞こえてきます。

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2012年新年のご挨拶

20111229_92216私の世代ハワイとの関わりは『憧れのハワイ航路」という歌が始めだろうか。作詞家石本美由起氏もハワイ航路の経験がなく、国内船に乗船気分を出したと書いている。
太平洋のど真ん中の小さな島への渡航はそれだけでもミステリアスで、ワクワクさせるものがあったろう。日本から9000km1週間掛るそうだ。1度往路であろうが復路であろうが、乗って見たいと思うが、適当な便が見当たらず果たせぬままだ。

この到着みなとが写真のアロハ・タワーだ。いずれにしろハワイの滞在はここから始まる。ここに第一歩を刻むことになる。

時代が変わって航空機で到着する。直近までは空港からアロハ・タワーまでバスで移動して、ここでホテルへの手続きや、オプシヨナル・ツアーの説明を聞いたはずだ。

ハワイ到着基点がここだとしたら、船出も間違いなくアロハ・タワーだろう。
今年一年がいい年でありますようにをお祈りして・・・・・


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3-34) 靴の話

TPP(環太平洋経済連携協定)が今月ハワイホノルルで開かれる。参加の慎重派は、おおむね既得権を守ろうとする立場の人が多い。しかし農業就業者の高齢化は進み、医療現場には疲弊が広がる。TPPに参加して閉塞感を打破したい。推進派にはこんな思いがある。

Dscn5238地球はどんどん小さくなっている。日本も明治は総人口は約6000万人、それが現在は約1億2000万、倍増した。単純に農作物の自給率にだけこだわって、安心しておれる時代でないことは歴然としている。

1986年ガット・ウルグアイ・ラウンドでコメも解放がすすんだ。その際の農業対策費が6兆円、これが日本の農業の体質強化に使われること無く補償費として消えてしまった。どうも日本国お金の使い方が下手で「補償費」という応急処置にばらまくのだ特技のようだ。

いずれにしろ今に地球は人口増で爆発する。閉じこもっていて日本だけが何とか生き延びれる補償などあるはずもない。過去にコメが不作で世界からの援助を頼んだはずだ。外国からのコメは馴染めず不満を呼んだが・・・・他国との交流を無視して国の存続発展は望めない。




日本では国内の産業保護のために、各製品群に非常に高い関税がかけられていた。 段階的にこのハードルを低くしょうという努力はいつも試みられてきた。楽感論ではないが「案ずるより産むが易し」という。マーケットの開放には自浄作用が働く。消費者にきっと恩恵をもたらすこと間違いない。


Dscn5230靴やカバンもその最たる商品群の一つだ。「靴」・・・・たとえば日本人が靴を履くようになってまだ200年経たない。所詮これは西洋のものだ。これらを買おうとすると、国内では見つかりにくい。あったとして価格が大変高い。日本人そもそもが舶来品崇拝が強く 高いほどよく売れるという国だ。関税の問題をいいことに日本価格が横行している。

われわれが子供の頃、「革靴」を履くことは余程でないとなかった。戦争に負けて国力がなかったから当然だったろう。それに「晴れとケ」いう習慣ががあった。よそ行きでしか身につけないものの一つが革靴に象徴されていた。「 足下を見たら身分が分る」といわれたのも本当のたとえだ 。いつか革靴を履くという願望みたいなものが誰しもあったはずだ。

咋今電車に乗って見回す・・・・老若男女いずれもがジーンズにスニーカー。普段着以上とオシヤレ(節度)を見なくなったような気がする。それだけ国力がまして貧乏に対する羞恥心と恐怖心が、国民から消えたことを象徴している。衒う必要がなくなるほどの中流意識が一般的になった。


外国ヘ旅した初期から靴を買い求めた。「エルメス」や「グッチ」・「フェラガモ」などいろいろ履いた。どちらかといえばセミフォーマルなローファーが好きだった。今見ればフォーマルに近いエルメスやグッチをリゾート風に素足で履いて粋がったものだ。このファッション何も石田純一氏の専売ではない。靴下といえばハワイではカジュアルな綿のものしか売っていない。日本人が勤めの際に履くごく普通の無地で薄手のものは「ドレスソックス」と呼ばれ数少ない。名称どうりフォーマルやビジネスのシーンでは、靴下を身に着けるのが身だしなみなのだ。

経験的に少し私見を・・・・たしか美智子妃殿下がご愛用と何かで読んだ「フェラガモ」は女性用は抜群、男性は雨にでもあえばあえなく形が変わる。華奢なブランド品を日常に履くというのも、余りいい趣味ではないことを承知していても、時々天気に裏切られる。



Dscn5232イタリヤ製モレスキー(MORESCHI)はわたしの宝物の一つ。紳士的で大人の雰囲気が感じられすばらしい。 

《モレスキーの得意とする靴作りはモカシンといわれるデザイン。甲のところをきっちりつまんでいる袋縫いのデザインはとても軟らかく日本の足袋と同じような感覚とよくいわれる。 使用されているアッパーの革は極上のもの、またライニングと言われるアッパーの裏地には他のメーカーにはない革が使われそのキメの細かなキッド(仔山羊革)は足をそっと包み込んでくれる。 しかも足の摩擦にも強く履くほどに味がでてくる。靴の裏という見えにくいところにモレスキーのこだわりや配慮を感じる。アッパーの革にもきめ細かなキッドが使われ手で触れると薄い革ながら肉の厚みをほのかに感じる。そしてその光沢はソフトな革の中に浮かび上がるような艶(味わい)がでている。》*以上モレスキ―は資料抜粋 

モカシンの名品コールハーン、この靴は形ですぐ分る 。甲のかぶりが短かいのが特徴だ。足幅の広い日本人にはむいていない。

靴は1足を敵のようにして履くものではないようだ。数足を上手く履き分けると更に寿命は延びる。仕事を終えたらビジネス用の靴は履く機会が少なくなった。時時靴箱から出して磨いてやる・・・・今もこの仕事お終えたところだ。

履いて分ることも多々ある。「歴史と伝統」はわれわれが知らない銘柄が、高い水準にあること・・・・近年は靴に限らずブランドよりこんな名品を探している。アントニオ××× (残念ながらメーカー名は確認できず)はその一つだ。足入れが良くて丈夫で型くずれしない。かっての香港のデパートの一画にコーナーがあって重宝した。(現在ハワイアラモアナSC のロビンス靴店に数少ないがこれの取り扱いがある) 



Dscn5245普段履きとしてはトップ・サイダーだ。ヨットマンご愛用のこの靴は底革がラバーでできていて、船の上で滑らないためにそのゴム底に細かなスリットが入れてある。年とって足下おぼつかないひとにはおすすめの一品だ。ワイフと娘はこのトップサイダーのビニール製(特別バージョン)を持っている。雨の散歩が楽しくなる。

ヨーロッパのものから始まった靴たち、 アメリカ製も負けていない 。

時代が変わって通勤にスニーカーがニューヨークなどでトレンドになった。 旅先のパリのデパートでスニーカーを探したら、売ってなかったという記憶がある。 ケッズの運動靴? (あえてこう呼ぶ) シンプルで永遠の靴だ。息子・娘がグアムへ行った時わたしへのお土産がこれだった・・・・懐かしい思いが甦る。




Dscn5246わたしのスニーカーはリーボックの黒。見た通りシンプルでビジネスに違和感がない。これは何足も履き替えた。しかしスニーカーは時代の変遷とともにスタイルがどんどん変わる。現在日本で購入するのは難しい。後年ハワイに住んで現地で買う・・・・もともと女性兼用のようだ。サイズが豊富なアメリカだからわたしのものも手に入る。スニーカーはアメリカのものだ。孫はスケッチヤー(アメリカのスニーカー)で育った。


最後にせっかくの旅行、TPPの進展待たずとも靴を土産に買われることをぜひお勧めする。
総じてアメリカ製の方が硬めでしっかりしている。コインローファーは普段履きに最適のひとつ
《ローファーは、1934年、アメリカ・メイン州の靴屋ジョン・R・バス(John R. Bass)が製造を開始し、「ウィージャンズ(Weejuns)(ノーウェイジャンズ=ノルウェー人からとった)」と名付け、大流行した別名ノーウィージャン・フィッシャーマンズ・シューズ》


Dscn5250このBassがアウトレットワイケレにある。息子などはこれしか履かない。隠れた名品このバスにサンダルがある。さすが靴のメーカーがだしているサンダルこれは男女ともども秀逸。 ハワイの土産はかならずバスの靴だ。

ぼつぼつ「就活」が始まる。大学生の孫娘も茶髪を辞めて臨戦態勢だ。古い日本人、わたしなどが見たら黒髪の方がきりりとしてきれいに見える。外国生活を経験した日本人は総じて黒い髪とストレートな髪型を貫く。そらそうだろう。外国で茶髪ししてもアイデンティーにはならない。
靴の話に戻そう。ハッシュパピーだ。こちらはアメリカ軍人(婦人用)ご用達のパンプスはお墨付きだ。


そして今年はエスパドリーユ (espadrille)が流行った。(甲はキャンバス地で底にジュート麻のローブ・ソールをつけたフランスの民族的履物のウェッジソールサンダルで、地中海の避暑地などで多用された)。今年の夏はエスパドリーユでハワイを満喫した。当然素足で・・・・

あくまでもわたしと靴の付き合いを書いた・・・・それぞれに好みがあることはお許し願いたい。

最後に挿入した写真、いずれもが単に履きくずした靴に見える。最近これらを修理して履こうという風潮が出てきて専門の修理屋さんが増えた。この修理代が大変高額だ。ひよっとしたら新しい靴が買えるというほどのものもある。しかし長年付き合った靴、一つ一つに「想い出」や「物語」が付いている。震災で無くした一番大事な宝物が「家族とのアルバム」という想いと通じる。

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3-33) 少年の日

Dscn4397若い日、夏の間を海水浴場のよしず張りの屋根の下で働きたいと夢見ていました。

ピーカンの空にこだまする海水浴客の健康な喧噪を、濡れた手ですくってみたいと思っていました。

飽きるほどの太陽の光・・・・・海の蒼さの洪水に身を浸していたいと思っていました

夏が少しづつほころびて 、海岸の防波堤の横、
あちこちに枝振り悪い花を咲かせる月見草に、夏の終焉を見る日まで・・・・

  
 *    *    *    *    *


ビーチサイドのカフェでビールを飲む・・・・ヒルトン ホテルのカフェで働く女性たち、すっかりブロンズ色に焼き上がった身体に夏が足跡を残しています。

彼女たち、私のあこがれをすでに体現していての人生に羨望を感じています。

新しいブログです
*「されどわれらが日々」もどうぞ・・・・
http://team-hawaii.cocolog-nifty.com/blog2/

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3-32) Eggs' N Things

Dscn0976以前はカラカウア通りの西の端、マンションの1階にあった。

帰り道エッグスインが外からは空いているように見えた。家族を下ろしてこちらは駐車場へ車を預ける。1時間はかかるかとメーターにセットして店に戻る。

それから待って待って・・・・4人ということと小さな子供がいるために、定かではないが席が特別になるのか?その場所があかない限り、待つほかない。
だいたい2人、1人なら問題なく席がとれる。これでは食事を楽しむのでなくて、食欲を満たす「めしや」と同じ感覚になってしまう。


先般火事にあった。日本からも大勢のフアンがいて激励と応援が届いた。暫く休業が続いていた・・・・その間オナーの女主人や、息子によくアラモアナで出会った。再開されたあたらしい店は清潔で、ハワイらしい魅力を備えていて、歴代の中でEgg's Thing’sが一番輝いていた時代だった。

*写真もたくさんあると思うのだが、デジタル以前のカメラのため見つからない。



   
Dscn0975ハワイで欠かすことのできない店には違いない・・・・しかしもう少し混雑せず楽しめる店であって欲しい。帰国前に友人を案内した。余り時間がかかったのでその友人が飛行機の時間に間に合いますか?と心細げにつぶやいた。

やっとの思いでの食事、久し振りのハワイ料理、これが美味しい・・・・孫娘がホツトケーキ(パンケーキ)をよく食べた。子供といわず美味しいものは分かる。

ハワイで長らく住んでの感じは・・・・残念ながら「Egg's Thing’s」の伝説は終わった

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3-31) 電話応対 ガイダンス



Dscn4062自動応答サービス
音声ガイドに従い必要な番号を押していくのだが、人が出てくれば一言で済むことに延々と長い時間をかけてやらせる。最後まで必要な窓口にたどり着けず、直接かけられる電話番号を探したが見つからない。やつと手続きを終えてつながったとしたら、ただいま電話が大変混んでいます。一旦おきりになって改めておかけ頂くか、そのままでお待ち下さい。後は音楽とCMが繰り返し流れれて、10分15分待つのはざら・・・・これはもう顧客を顧客として扱っていない・・・・

合理化で時間や経費の節減が根底にあるのだろうが、いつから日本企業もこんな情けないことになったのだろう。
インターネットもメールで質問を送ることになったが、この方は当然として電話は無視している。


例えばデンワでの対応・・・・人件費が高くついて困るのなら、地球上の人件費の安い地区にコールセンターを設ければよろしい・・・・回線は転送です。Face To Face をのぞけばデンワが営業の最前線です。
この対応が業績(売り上げ)向上の鍵です。
ましてケータイデンワの普及率は世界一国です。これをもっと活用せぬ手はありません。


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Dscn4199現役時代北海道支店の面倒を見たことがある。経営効率を重視すると間接部門のスリム化が火急の策となる。歴代責任者が手を打って、もう一滴の水もでぬほど改革改善をやってきた。企業の再生は「売り上げを上げるか? 経費を下げるか?」しかない。「売り上げを上げる」は死力を尽くしたとして結果が出るという単純なものではない。つい後者が対象となる。

大会社ならいざ知らず、中小でそんな無駄な場所などあろうはずも無い。まして 販売会社での人減らしで企業が再生するなどあり得ない。 従業員が辛抱強いから、責任者は甘えている。 私見を述べると人減らしでの再生など、頓服の服用か妄想でしかない。

社員は単なる設備や雇用人ではない。時代の変化で人が余るということはあろう。しかし一流企業なら何百億、何千億の新規投資もできるはずだ。社員のための雇用の機会と場所は、賢明な責任者が努力すれば作れる。社員との関係をご破算して何とか,
グローバルスタンダードと呼ばれる西洋の掟、悪いところまで見習うこともあるまい・・・・これは従業員への裏切りだ。きっと会社がしっぺ返しを受ける。


Dscn4072間接部門のスリム化・・・・今でいう転送電話を採用する。例えば北海道という支店で電話の窓口、極限まで人減らしをしても最低人員の配置は要る。その上サービスの劣化、電話がかかりにくい、お客様を待たせるなど、サービスの低下は目に見えている。それならば大阪本社で電話業務をすべて引き受ける。本社では本社の規模にふさわしい担当員が配置されている。むしろお客様へのサービスは向上するはずだ。

あるときこの電話に北海道支店の住所の問い合わせが入る。「応答マニュアル」もあってお伝えする。「近所まで来たから貴社に顔を出したい」これには担当オペレータ―も困り果てる。地方都市ではお得意先・・・・それも大変お世話になっているお得意先が、気安く事務所に立ち寄るということはよくある。「この電話は大阪の本社に架かっています」と正直にお答えしたら電話が「プツーンと切れた」

転送という習慣が一般的でなかった当時、北海道から大阪までの電話代を心配する人もおられただろう。慌てて切れたのもそれが原因だと察しがつく。こんなことも現在では普通になった。


Dscn4171ゴルフのメンバーコース15分の至近距離だ。局番が同じで不要・・・・来週の予約を入れる。音楽が鳴ってオペレーターが出る。すぐそこのゴルフ場だが電話は九州宮崎にかかっている。
ソウルのホテルでワイフがお土産に買った「キムチ」を、部屋の冷蔵庫に入れたまま忘れ帰国した。ソウルへ電話を入れるとこれがなぜかシンガポールへかかる。いずれにしろ企業の判断で経費と利便性を考えてやっているのだと思う。キムチは数日後無事届いた。



Dscn4276息子が勤める不動産会社、大体水・木が定休日だ。親会社は土日がお休み。幹部が親会社から出向者だと、自分は出勤日だから水・木の休みの日の携帯に指示や野暮用が引っ切りなしだ。働いている方はたまったものではない。

日本の総理大臣が変わる早さに似て責任者が変わる・・・・営業部の人間が交代で休みの一日を電話番当番という名目で出勤せよ・・・・これは命令だ。

連絡ならば「携帯とメール」で可能だし、既に社員は重要な仕事やお得意先との連絡は普段からそうしている。出社して事務所で電話に張り付いていることも無い。企業の非常事態を乗り切るためにいろいろ工夫をする。が思いつきに過ぎず、自分たちの時代の成功事例の範囲を出ない。休日の「ただ働き」の要請と見なされるはずだ。もっと賢い施策をなぜ出せないのか?「指揮官が悪いと組織は玉砕する」

わたしが今現役なら「携帯電話とパーソナルコンピュター」を駆使して、会社のために、自分のためにも、しっかりした戦略(Strategy )を確立します。 おそらく早々にスピンアウトしているでしょう。 会社へ出勤する必要があるかどうかも疑わしい時代が来ている。



Dscn4125第二話
話は変わります・・・・ 自動応答サービス の件・・・・いつからこんなことになったのでしょうか?

アメリカ国土の広さは日本の25倍、人口は2倍、しかも民族は雑多、低学歴?こんな国の商習慣が、グローバル・スタンダードと呼ばれてマネをする・・・・良いことは真似たらいいわけで、悪いことまで真似る必要はありますまい。




Dscn4272商取引で顧客が腹立たしい思いをする様なシステムはタブーでしょう。 こんな判断すらできない日本の無節操ぶり・・・・・私たちが現役なら、会社の上層部を説得してでも日本流を貫き通します。


航空会社ガイダンスで顧客を振り回して「あげくの果てがただいまデンワが混んでいます」の機械のアナウス「いらっしゃいませ・・・・どんなご要件でしようか? 担当におつなぎします」が労多いシステムだと思えません。

ハワイ行の航空券、家族ぐるみだと30万50万の料金になるのに、航空券を買う時この国は共産圏か?と苦痛といらだちに苛まれます。日本を代表する航空会社、おそらく幹部社員がこんな手続きを踏んで航空券を買ったことはないはずです。「商売の原点は顧客に満足を売る」事です。また企業存続の規範は繰り返します「売り上げを上げる」と「経費を下げる」しかありません。しかし販売窓口を減員してでは、どんな企業も繁栄などあり得ません。航空会社も同じ売り上げが順調でないから窓口を狭める。大航空会社が左前になるのは当然です。



Dscn4119ハワイで買ったばかりの掃除機が故障しました。広いアメリカのデパート「シァーズ」で買ったのですが、保証書を見ると買った小売店に持ち込むのはお止めくださいと・・・・・書かれてある。

電話でのクレーム交渉・・・・わたしの語学力では無理だと・・・・メールでメーカーに発信しました。返事はこの番号(フリーダイヤル)に電話せよとのメッセージが届いて、それを最後に何度メールを送ってえも返答なし。覚悟を決めて電話をしました。 (フリーダイヤル)は相手所在地が分りません。広いアメリカ時差があって、ハワイからの電話が時間帯をはずれ・・・・時差を調整してかけ直す。

ガイダンスが流れる・・・・希望の部門へ辿り着くために 1・2・3択・・・・一つ押したが次も3択・・・・その次も、またその次も結局3択×4ガイダンスが機械的に流れお手上げです・・・・これはもう付いて行けません。

結局現地の英語の使い手にお手伝いしてもらう。分ったことはこの掃除機がリコール商品で、メーカーも探しています。なるほどリコールの証拠を残さぬためにメール(書類)を電話にしているのか?と疑いました。

新しいもの送るから2週間待て・・・・待てど暮らせど掃除機は手元に届かない。督促する。「2週間は前任者の何かの間違い。手元に届くのに4週間はかかる」という返事。4週間が過ぎて督促・・・・
「今発送する所だ」日本にそば屋の出前という話がある。余り遅いので督促する「今出ました」と・・・・このジョークを相手に伝えた。電話というコミニュケーションも都度返事が変わるから心もとない。



Dscn5253リコール対象商品で交換するとの交渉相手が、アメリカ・メインランドではなくて、メキシコで国境も超えている。未だ商品は届いていません。掃除もできずに日々・・・・まあそんなハワイと気長く付き合っています。

とうとう滞在期間切れ・・・・2ヶ月以上かかった。通訳も使った。帰国前に小さな段ボールが一つ届いた。どうするのか分らぬままに代理人の友人にバトンタッチをお願いした。

この件もあって今回は久しぶりに夏にハワイへ・・・・代理人から連絡で「新しい商品はとうに発送した」未着で調査を依頼したが「行くへ不明」でこの物語もTHE END。

「2月にはおくったよ」の連絡があって、届かぬから話が始まった。お送ったつもりになっているとしかおもえない。ヨーロッパの一流企業だ。個人としては時間と労力の無駄遣いだった。

外国に住んで決して無駄であったとは思わぬ今回の交渉ごと、ただビジネスの世界でも先進だと断言できないところ多々あった。良い所は真似るとして何でもかんでも鵜呑みにして丸呑みすることも無い。日本のいいところは大切にして守り抜く気概がいる。


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3-30) エクササイズ



Dscn4433ロングステイ・・・・時間だけはたっぷりある。外気は年中一定して、摂氏で23から28度。冬は暖かく夏涼しい・・・・屋外が冷暖房完備といえるお国柄だ。気候がすばらしくて困ることがある。ハワイの悩みといえる 。NY市の路上生活者(浮浪者対策)に死者がでたら気候温暖なハワイ行の航空券をまくという嘘の様な話。オバマ政権に苦情を申し入れているという本当の話・・・・ハワイはこの人たちの増加が目立つ。

こんな環境でエクササイズに邁進するロコ達・・・・朝早く、夕方は、決まってジョガーズが目の前アラモアナパークを走る。
これはもう国民病と思えるほどだ。その上でエクサイズのクラブに通う。施設もたくさんその上完備されている。我がコンドは1階がYMCAのヘルスクラブに通じる。滞在中はテンポラリ―会員(短期)でシニヤーとしては確か$40程度だ。もちろん指導員がいていろいろアドバイスを受けることができる。クラブに入ると刺激を受ける・・・・もう少しがんばろう・・・・他人を見ながら励むのが私の流儀だ。



Dscn4006ワイフなどは街歩きの方が好きで、アラモアナ・ワイキキを歩き回る。アラモアナ・ワイキキ間は3㌔あろうか? 滞在の初期は「しんどい?」と弱気を吐く彼女も中盤・終盤には往復歩くことも珍しくない 。

その上でバスを組み合わすと島を1周することも可能だ。タートルベイまで2時間、時間をつぶしても5〜6時間あれば戻ってくる。滞在が終わりに近くなるとこのコースがお好みのようだ。

「健康をお金で買った?」といわれるやも知れぬ・・・・ロングステイが現況われわれの健康を与えて呉れていることを実感する。

ただし冬期のキャンプだけでは、1年を乗り切るの体力維持がおぼつかない。どこかでもう1度ミニキャンプを張る必要がでて来た。

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3-29)料理



Dscn4128料理はその国のオリジナルをどれだけ維持できるかを問われる。日本料理はまず日本と同じ食材が現地で手に入るか?は深刻な問題だろう。

世界で中華料理が席巻できるのも、あらゆる食材を供給できる後背地(中華街)が存在しているからだ。素材を異国のもので代用するでは心もとない。自国から空輸という手のあるが、こうなるともはや高級料理としてしか出せない。

料理なんてものは所詮「飢えを凌ぐ」が基本だとしたら、毎日がハレの日のようなものを口にする贅沢が許されるわけがない。
もうひとつ日本料理なら日本の質をどれほど維持できるか?が難しい・・・・料理人自らの味覚が転地先に馴染んでしまう。これを食文化の進展という考えるのだろうが。

話が変わるが昨今「書物」を読んでいると「汚く書く」「えげつなく書く・・・・」など後味の悪いものが横行する世の中、後味悪い料理が癖になるともてはやす人もいるのだろうか?




Dscn5278◯日本そば
夕方、ワイキキ「松玄」ヘ日本そばを食べに・・・・もともと東京「薮そば」が長年やっていた。手打ちで日本と全く同じ手順の店はハワイでも名店の一つだった。これが数年前店を閉めると同時に、柿の木坂の「松玄」 若い店主夫婦? が譲り受けたと聞いた。 一生懸命で好感持てた。 店は順調に見えた。前回ご夫婦とおしゃべりしたところだ。これがぼろぼろ・・・・日本そばとほど遠い商品を出している。



Dscn47384年目これからという時。店主夫婦は東京へ帰ってしまったそうだ。諸事情あろうかと思うが。そば屋などは家業でやらないとやって行けぬこと歴然としている。亭主が調理を担当、ワイフや娘が店を切り回す。休みも自由に取れぬ・・・・そばはまあまあとしてダシまで変わるというのはもう別の店だろう。


「あんたはそば屋を知らないだけ」というアドバイスを現地の人から頂戴した。早速トライしたが、これなどは既に日本そばの範囲を外している。ハワイでの評価が「現役日本人」とは水準が違うという証拠だろう。もちろん日本そばもコメのとれない寒村での日常食だった。一家の主婦が日常的に打つていたことを思えば、旅先で出会う味覚に「おいしい」を連発して「通」ぶるのもどうかという思いはある。



一つわたしが褒める店がある。焼き鳥のTUKUNEYA・・・・・ハワイ大学の前だ。この店は名古屋からだそうだが今のところ日本の焼き鳥の水準を維持している。観光客が日本食を望むのなら帰国まで辛抱なさることをすすめる。

*写真は今ハワイで大流行するアサイ・・・・


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3-28) マリオット・バケーションクラブ

Dscn40262011/8/29の日経新聞

ディズニーの新リゾートハワイオアフ島に開業
「アウラニ・ディズニー・リゾート&スパ コオリナハワイ」が8/29日オープンした。テーマーパークを併設しない、独立した滞在型の大規模リゾートとしては初めてという。
オアフ島の西海岸コオリナ地区にあり、総面積8.5㌶、ホテル客室359室、会員向け客室が481室あり、大規模な会議や野外パーティー、結婚式もできる。


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Photo早くにこの地区は日本航空が「イヒラニ」という名前で手を付けた。高級リゾートとしては時代を先取りし過ぎたのか、余り成功せずにその後マリオットグループに売却されて今日に至るはずだ。それでもコンドを買う以前、コオリナ・ゴルフ場はよく利用した。ハワイで一番日本人が好きで一番高いゴルフ場だというべきか。




Dscn4779アメリカLPGA女子プロで宮里藍ちゃんがデビューたのもこのコースだ。彼女のデビュウー戦18番池を避けたためにアプローチが難しく、わたしと同じ失敗をしたので印象が強烈に残っている。

ここのプロショップで働いていたナミさん・・・・プカシェル(貝)を拾いに行く約束を果たせぬまま歳月が過ぎた。今回その時の同僚ヨネさんから彼女の消息を聞いた・・・・子供が2人いて近所に住んでいるという話だった。



今年3月末、日本に帰国する前前日に友人野口氏からデンワがあって、マリオットコオリナ・リゾートヘ出向いた。宿泊を乞われたが如何せん時間が取れずに辞退した。ただこの時の印象が大変良かった?

ハワイでの生活や観光も時代の推移でずいぶん変化する。日本のバブルがはじけた・・・・今アメリカが景気の低迷でもがいている。もっと劇的な変化の引き金の一つはNYのテロだろう。


Dscn4887往時はネバーアイランドへ・・・・カウアイ・マウイ・ハワイ島へとの移動はごく普通だった。好景気を背景にハワイ島で生活、オアフへ飛行機を使って通勤する人種も少なくなかった。航空運賃の高騰もさることながら、バス代わりに使えた航空機便が、搭乗時のチエックが厳しくなって島への顧客が激減する。

こうなるとアロハ航空が倒産、便数も減便・・・・島への移動が思うようにいかなくなった。友人たちがくるとかならず立ち寄った、マウイのワイエラやハワイ島のワイコロア・・・・後者は前述の野口夫妻と昨年久しぶりに行って来たが、島の名所の疲弊が目立った。


Dscn4884ハワイの観光,ワイキキを中心にした滞在が充分すぎる楽しみの宝石箱だと信じる。ただしネバーアイランドの魅力は異質のもの・・・・これを知ったらワイキキの魅力も倍加する。人間の欲望は際限ない。

オアフで他島への遠征に変わるものがあるとすれば、タートルベイとコオリナではないだろうか?
孫娘・・・・毎年冬休みに私たちと一緒にハワイで過ごした。ただ小学生低学年といえども冬休みは短い。今年初めて冬は中止して夏休みに変更した。

生まれて7回めのハワイだ。「7回目?私たちより多いね」と人生終盤を迎えるわたしの友人たちに冷やかされる。ただ家があるとコンドでの滞在が当たり前で、観光客が過ごすハワイとはずいぶん違うのではないか?「退屈しませんか?」という質問を良く受ける。「人生は退屈しません」と答えるしかない。


Dscn4785この質問に答えるためにも孫娘の7回目のハワイは、少しいつもと違う過ごし方をと考えていた。

アラモアナにはいろいろなタイムシェアーをすすめるブースが出ている。巻頭のディズニーのバケーションクラブも早々と案内所が開設された。

アラモアナでアキコさんに出会う。大体の話は聞いた。 マリオット・コオリナ・ビーチリゾートへの体験宿泊・・・・冷やかしのつもりはない。将来もし現コンドを人に貸したとしたら、家族が自由に使うということは不可能になる。将来を見据えたらタイムシェアーも一つの案だろう。今回は娘夫婦も来る。体験宿泊を申し込む。先方担当者アキコさんに話が通じていたからトントン拍子ですすむ。


Dscn4787タイムシェアーが世界中で展開される。ホテルやコンドを部屋単位、しかも週単位で販売しようというシステムは、投資の回収が素早く資金が滞留することはない。

たとえばホテル企業・・・・今は建物自体は借りるとしてそれでも多大の投資ということになる。この回収に80から100年はかかるといわれる。タイムシェアーはこれを小単位に分割して売却、その後ホテルとしての運用益をオーナーと案分しようというシステムだ。タイムシェアーの会員募集には多大のエネルギーがいるが、これがクリアーできれば即刻資金は回収できる。その上事業の運営も大方めどが立つというものだ。



Dscn4741◯コオリナへ
待ちくたびれた孫娘、終業式を終えたらすぐ出発ハワイへ・・・・空港でレンタカーを借りるかシャトルでそのままコオリナへという手がある。しかし時差ボケもあるし、今年の冬ワイフとの滞在でし残した仕事もある。

殊に修理に出した掃除機の顛末がどうなったのか? 難儀にぶち当たる。悪戦苦闘しながらも解決に当たる。これは最低でも当然の対処であること間違いない。しかし懸命に努力したとして必ずしも最上の解決の到達するとは限らない。




Dscn4770ちょうどこの時期に 私のブログに登場する三浦さんご夫婦にお会いする。掃除機もお借りした美容院の店主だ。ホテル内での店の賃貸契約の更新時期が来て立ち退きを迫られた。アメリカでは日本に比べたら、借りる側の権利は心もとない。貸す側の主張が断然優先する。

当然いろいろ手だてを尽くして交渉に臨んだ。しかし最後は「私は日本人が嫌いです」というホテル側の担当者の一言で終わった・・・・

これほど強烈で分りやすい拒絶はない。日本人なら持って回ったいい方で断るはずだ。どちらがいいのか?・・・・ここはハワイ65年前日本が急襲した島だ。その際の出来事が傷になっている人もいるやも知れない。日本人としての私、ハワイは大好きだが、さすがにパールハーバーへ近寄るには緊張がいる。15年住んでそれも友人に誘われて1度だけで・・・・パールハーバーは痛みを伴う。

三浦さんは「店舗を借りるのは懲りた」と、付近の高級ビルの一室を購入して近々再開店する。
いかような努力をしょうとおもいどうりならないのが人生だ。その際発想を転じるのは、「投げ出す」「逃げる」のとは違って賢明な策ではないか?

掃除機の騒動も結論は諦めて、「COSTCO」で新品を買い求める。この思い切りが後々大変良かった。


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Dscn4753娘婿がリフレッシュ休暇が取れて同行している。彼が滞在中にコオリナへ行きたいと計画した。、滞在予定は4泊5日だ。通常チエックインは午後4時ということになっている。前滞在客が出立した後、部屋の掃除や準備をしたら当然遅い時間になるはずだ。
ハワイに早朝に到着して夕刻近くまでホテルに入れない不便と苦痛・・・・これも旅行の醍醐味だと考えるべきか? 元気があれば飛び歩けばいい・・・・

昨日飛行機の中で眠れなかった。ぐったりして仮眠する人も目立つ。アーリーチェツクインというのがある。これは到着1日前を予約する。「1泊」無駄が生じるが到着したら空港からすぐさまホテルへ直行できる。これは値打ちある。


Dscn4846到着3日目の早朝オアフ島の西方コオリナへ・・・・フリーウエイ(キザにカタカナで書いているのではない。高速道路は無料なのだ)で、1時間はかからない。格好のドライブだ。当然運転手は娘婿におねがいする。彼も満足するはずだ。そのためにレンタカーもラグジュアリーなセダンを借りた。
いずれ小さな島島のハワイ、レンタカーで走り回る楽しみはビギナーに取って格別の経験になる。免許証は日本のもので通用する。しかも日本の道路を走ることお思えば運転はずいぶん簡単だろう。

私を含めて息子も娘も現地の免許証を持っている。そんな私がアドバイスするとしたら「ゆっくりと走りましょう・・・・人影を見えたらその人たちに先を譲りましょう」・・・・「もうひとつオープン・カーは避けましょう・・・・太陽光線の強い現地、後頭部にガンガン日が当たります。あれで毛が薄くなったと・・・・」息子の台詞です。


Dscn4739H1を西に向かってのドライブ。ハワイにいると海に囲まれているより、空に抱かれている思いが強い。真夏の雲と空の景色が新しく生まれて後ろに飛んで行く。

ここ数年冬場の滞在ばかりだった。避寒もいいがハワイは夏にくるところだ。風が乾いて涼しくなによりも景色全体が瑞々しい。いたるところでいろんな花が咲き乱れている・・・・

パールシティを超えたところで分疑点、H2(ミリラニ・ノースショア・タートルベィ方面)への道を間違わなければ、あとはH1を走り抜ける。H1が終われば間もなくコオリナだ。遠くにリゾート群の建物が見えてくる。右側道路をおりて、左高架で今来た道路を跨ぐ。すぐさまコオリナリゾートのゲートに行きつく。行き先を伝える。

もうここまでくればネバーアイランドのホテル街と同じ雰囲気だ。サトウキビ列車の線路を超えて左手はゴルフコース、右にリゾートも建物が続く。近くオープンするディズニーの建物はほぼ完成していて、来月のオープンを目指して周辺道路の整備が急ピッチで行われている。日航のイヒラニも昔のまま営業を続けてているようだ。この辺りがコオリナの中心? 目的地のマリオット・リゾートクラブは一番奥にある。


Dscn4767マリオットとしては既に2棟が3棟目が進行中だ。娘夫婦は9階・わたしたちは最上階の16階、部屋は別々でもそんなに離れているわけではない。


マリオットリゾート
MARIKO様

今朝10時過ぎチェツクインしました。
あなたに連絡が取りたいと申し出ましたがかなわず・・・・
何度かご連絡を頂いておりましたから、お目にかかるのを楽しみにしておりました。
とにかく短い滞在ですがお世話になります。
KAZU
メールに・・・・日本語をローマ字で打った返事がすぐ届く。



Dscn4760終日プールサイドで過ごす。思った通り孫娘の喜びよう。泳ぎ疲れてくたくた・・・・・わたしたちも海水浴帰りの朦朧とした日々が甦る。

夕食はコオリナセンターというべきところ・・・・十数年前よくゴルフに来た時代と余り変わっていない。相変わらず何も無くさびしげな町・・・・明日の朝の分を含めて調達。部屋で食べる。




7/26
いまこれを部屋のラナイ(テラス)で書いている。朝早い時間は快晴の空と海が開ける。昼前からは雲が広がるのがコオリナの特徴といえるのか?  オアフではワイキキビーチが一番晴天率が高いはずだ。エワ(西)にあるこの地はワイキキとは違うような気がする。
何もないが気持ちのよい環境に身を置く・・・・これを楽しまずしてなにを・・・・


Dscn4772娘家族は朝からプールへ・・・・プールはいろいろなものが3ヶ所?6〜7つある。夏休みを楽しむ子供に取っては堪えられない設備だろう。

ワイフと私は ヘッドカバーを探しにゴルフクラブへ。コオリナ・オリジナルがあったがサイズが小さく諦める。過去はゴルフクラブでの食事が楽しみだったが,直営の食堂が閉鎖されて、ハワイの名店「Roy’s」が運営している。料理は旬の素材はもちろんだが料理人にも旬があるように思える。創成期のハワイカイの本店へはよく通った。その Roy’sへも少し旬がはずれたかなという気がする。ゴルフ場でバーガーではなくイタめしというのもなにか食欲を削ぐ。売店でホットドッグとスパムを仕入れて帰る。

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◯タイムシィアーの説明会

Dscn4792コナタワー14fで2:30分からタイムシィアーの説明会が。会議室での説明会を想像していた。子供はキンダールームがあって面倒を見てもらえる。TVやゲーム・工作などが楽しめる。

担当者は若い日本人女性 、彼女の個室事務所で始まる。タイムシェアーの概略から内容、更には価格まで・・・・資料といえるルーズリーフで順を追って説明がすすむ。
選択肢がいろいろあってこれは複雑と思えるくらい・・・・それだけ自由度高いといえるのかも?
通常1年1週間日程と部屋の大きさを加味して、価格が$30.000〜80.000(約¥300万円から800万円) 他に年間管理費が$1.500(15万円程度)がかかる。
*売却時はマリオットが別会社を設立買い取る。



Dscn4820ひととうり説明を聞いたらモデルルームへ場所を移動する。キッチン・バスルームに家具までフル装備の見事な2ベッドルーム・・・・これには息を飲む。10階ラナイからの海が借景の眺望、くらくらして自制心を喪失する瞬間が・・・・そこで返事を乞われる。

わたしはホノルルで既にコンドを持っているから免疫性ある。普通の人なら52週に分割の1週を買うのだが、そんなモロモロは吹き飛んで、ハワイで豪華コンドを持つ夢の思いがこのときばかりと・・・・間違いなく衝動買いする。一番この境地にはまり込んだのは娘婿ではなかっただろうか?
「パパ、がんばってこんなコンドを買ってね・・・・」孫娘がその場にいたらそういうはずだ。
ハワイへ来た観光客が簡単に契約して日本に帰国して現実に戻ると解約するのが増えた。現在は年齢と年収で制約を設けているはずだ。さもありなんと思える説明会でした。

いずれにしろYes Noを後日差し上げることにして終わる。


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Dscn4789珍しく雨が・・・・それも本格的だ。 その足でカポレイの町へ、近年急速に発展した隣町だ。KマートやCOSTCO・ハワイアンバンクなど、これという店舗はほぼ勢揃えして出店している。マノアハワイ大学の分校も計画されている。 やがて走る鉄道の始発駅もここが始発駅だと聞く。

カポレイが発展したためコオリナは置いてけぼりを食ったように見える。H1の出入口さえ分ればすぐ近くだ。夕食はAUTO BACKs(アメリカ肉の専門)へ。説明会の途中で食事処を聞いておいた。「まあまあね」はワイフの批評・・・・・それでもさすがにステーキはおいしいと、孫娘は8オンスを醤油をかけて一人でぺろり・・・・食がすすまぬというが好きだと結構食べてくれる。

ワイフが事前に調べておいたKマートへ・・・・ひとしきり買い物を済ませて、大変なことが起こる。ワイフが財布をレジに忘れたことに気付く。15年前ハワイへ来た当初もワイレヤで同じことがあった。そのとき同様今回もことなきで終わったが。金銭は多額でなくともカード類の手続きだけでもてんやわんや・・・・だろう。想像しただけでぞーっとする。「神に感謝!!」


カポレイはH1道路にそって細長く開ける町だ。 山手側に住宅、海岸沿いには工場群が開ける。
帰路西行き(コオリナ)への道路侵入口がわからぬまま、迷い込んだ高台の住宅街から雨に洗い流された遠くの町の灯りが一望できる。こちらは「キレイ!!」孫娘の一言。
さすがに遅い帰宅にホテルの同じ棟の駐車場が満員。都市のホテルではない。自動車で来る以外手段のないコオリナ、小さな島オアフといえどもここまでくれば土地はいくらでもある。 駐車場が満杯だったり、なにより宿泊1泊につき$30は、日本の都心の料金より高い。 悪徳商法だ。




7/27
Dscn4847ハワイの朝の時間は至福の時だ。早朝から庭の掃除が始まる。これらの機械の騒音が・・・・アメリカ人はわれわれに比べたら音や室温に鈍感なようだ。私の好きなバー・・・・・こちらでは飲酒としずかな歓談という楽しみはあり得ない。*週の初めに作業するようだ。

孫たちはドールプランテーションへ出かけた。彼女に取ってはドールは彼女の成長記録の残るところだ。初めて訪れて「迷路」は完走できなくてワンワン泣いた。次の年はやっと何とか・・・・今や短時間で通り抜けて、2度3度とトライする・・・・自分探しに行っている思いがあろうか?

ワイフとゴルフコース沿いのカートパスを歩いてクラブハウスへ。途中あちこちで常夏の島の花々が咲き誇る。ゴルフショツプで2月に立ち寄って話したYONEさんが・・・・私の方は若い日ここでよくゴルフをした日々の想い出を、探し求めているのやも知れない。お土産にヘッドカバーと帽子を購入 。

ゴルフ場のオープンバー(Roy’s)で風に吹かれて喫茶。7月末真夏も当地は涼しい。夏のハワイは華やいでわくわくする。 何度も言うがハワイはことに夏がおすすめだ。 すぐ後ろでの練習場、3人と子供が2人、規則的な打球音が聞こえる。


Dscn4862pm3:00孫たちが満足して戻って来た。早速プールへ。昨日までとは別のプールへ。ウオーターシュートというのか水のながれるトンネルをを滑り降りる。怖がる子たちもいる。孫はこれに夢中・・・・さすがに最後は逆さまになって「どぼーん」とプールに落ちる。


Dscn4880リゾート内、レストランは「Chak's」とプールサイドの軽食以外にない。おそらく今までのホテル生活を想像していたら、ここの滞在は不満が出るだろう。証拠に帰国後に見たネットの記事も苦情が多い。タイムシェアーの楽しみ方は今までのホテル生活とは異質のものだ。上げ膳・据え膳を期待したら裏切られる。 そのために部屋に台所がついて冷凍食品をオーブンで調理する。屋外でバーベキュウを楽しむ施設もふんだんにある。

新しい滞在スタイルかもしれない・・・・ロングステイがもっと一般的になってくると、「生活するような滞在が増えるはずだ」
わたしどももハワイの滞在2〜3ヶ月を「なにをして過ごす」という質問をよく受ける。観光旅行に来ているのではないので・・・・「日本にいる時と同じように」としかお答えできない。

若い世代はこちらの様式に馴染むだろうし、西欧人の方が楽しみを方を知っている人が多いともいえる。 ただし現地がよくわからなかったり、車がなければ食材の確保ができない。冬場ここに滞在した友人野口夫妻も車が無くて困ったと述懐している。


Dscn4871それでもテーブルを予約してサンセットを眺めながら・・・・夕日が眩しすぎると椅子を動かしたりしたが、レストラン「Chak’s」の料理が一番おいしかったと家族の評もある。上げ膳・据え膳は女性群への日常からの解放、ご褒美ということになろうか?




Dscn4882すっかり夜の帳が降りて週の後半を迎えるリゾート、もえもえ(ガスの松明)が園内を照らす。隣に来月ディズニーのホテルがオープンする準備が急ピッチで進む。ここが夜空に向けてサーチライトを照射する。雲の合間に北斗七星?が常夏の空に輝く。


7/28
am10:00 チエックアウトに行こうとしていると、ホテル内で火災警報がでて館外に避難するようにアナウスが響き渡る。なにを思ったのかワイフがトランクを探しまわる。常備薬を探したそうだが・・・・こんな時はとりあえず少しでも早く避難が鉄則だろう。3/11日の津波も早くに逃げた人たちが助かっている。教訓はつい咋今のことだ。16階から非常階段で・・・・混乱も無く大勢が降りる。5階まで降りたら警報が解除。つい2年前もハワイ島で同じょうなことが起こった。警報機の誤作動ということだろうか?
アメリカでは珍しいことではないようで、全員落ち着いて粛々と避難する。




Dscn4890チエックアウトト駐車代のみ $91.11 ・・・・部屋を引き払ったから孫娘はプールサイドの木陰で宿題をやっている。今年の夏休みの宿題、彼女にとっても特別のものになったのではないだろうか。
後昼過ぎまでプール。優佳につき合う。夏を満喫したコオリナでした。

ハワイでの3泊4かの小旅行は終わった。

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3-27) 海の気配



Dscn4409日本での生活よりこちらの方が、季節の移ろいを実感できます。いえいえ四季のないハワイで季節感がよくわかるのは嘘でしょう?

日本での生活まして勤めがあれば「サンライズやサンセットに巡り会うのは土日ぐらい・・・・」と若い友人が話していたことを思い出します。そう生活が変わって島では日齢月齢とドツプリの関係にあるからです。

2月。「日の出」を眺めて・・・・ずいぶん早くなりました。その分日の入りは6:30分こちらへ来てから1時間ほど伸びました。それにもまして陽の明るさが増したことを実感しています。刺激的なことの少ない地球の自転に合わせての生活が、決して不幸でもなんでもない事を知らされます。

今年は12・1月は雨が降りました。2月は初旬から快晴つづき・・・・すでに真夏の太陽が輝いています。ビーチもプールも人々で賑わっています。



Dscn50814才孫娘とワイキキを歩いて・・・・ロイアルハワイアンSC(悪い建造物)が海への城壁を築いており、カラカウア通りを歩いている限り、ワイキキの海の気配はありません。

向こうからサーフボードを抱えた二人が近づいてきます。孫娘が「近くに海があるに違いないと・・・」私に尋ねます。


食事の後、ビーチへ出て波と戯れる・・・・
「きっとおばあちゃんに怒られる」・・・・後は服も何もびしょぬれだ・・・


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3-26) サイズとユーモアー

     

韓国旅行の写真できる。日本に比べてハワイの方がプリントサイズが大きい。同じなら大きい方がよいものも多々ある。縮みの文化・製品の縮小化は日本のもっとも得意とする所だが、家も車も許せば大きい方がいいのに決まっている。



Dscn4427暖かくなってきて部屋で、仮称「コマンチ」が時たま飛ぶ。蠅なのか何なのか分からない・・・とにかく小さくて素早い動きはほとんど捕縛できない。「何でも大型」のアメリカでこの虫だけが小さいと、ワイフの比喩が効いている。


大変精度の高いこの生き物の能力を解析して、もし再生することができたらこれはもう、大変な発明になるのではという思い・・・・「縮む文化」作り上げるのエキスパート日本人、誰か研究してみませんか?


*果物が豊富なハワイ・・・・りんごが何時の季節でもおいしい・・・・

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3-25) 停電



Dscn4253うろついてpm9:00帰り着いたら停電。外国ではこんなことはよくある。NYで大停電が起こって、その夜大勢の子供が生まれたという有名な逸話もある。とはいえ日本ではよほどのことがない限りこんなことはない。

途中の信号機が消えてパトカーがでてお巡りが整理している。われわれのコンドと、隣のYMCAと周辺道路だけが真っ暗だ。コンドの入口はソーラーの大型電池の照明が、設置されて明るさを確保されている。

自家発電を使ってエレベーターは1機のみ運行している。廊下も灯は確保されているが室内は真っ暗闇。娘が携帯電話の灯を使って室内を確認する・・・・がさすがに不安、普段は気散じな孫が泣き出す・・・・・仕方なくアラモアナホテルへ避難する・・・・それにしてもコンドの住民の落ち着いた動き、パニック風は微塵もない。この椿事に慣れているのだろう・・・・ろうそくを灯している様子もほとんどない。人が生活している様子もない。


Dscn4344小1時間いてもう寝るだけと覚悟を決める。電気会社の車両が数台コンドの前に止まっている。玄関のドアに鍵を差し込んだ途端の一斉に灯がつく。文化の恩恵というる電気がまぶしい。この夜のシャワーはさすがにお湯温度が低い・・・・
一夜明けてデジタル時計は夕刻の6:00で止まっている。6:00から10:00まで停電していたわけだから、われわれが帰宅したころは「動顛」も治まってたということになる。

この日の停電でコンドで、大勢子供が産まれる予想は・・・・何より年寄りが多い。

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