40)日本人美容師
サンパウロで、今トップの座を争う美容室チエーン「蒼鳳」は、22年前ブラジルへ移住した日本人がはじめた。「ブラジルは多人種・多文化社会で、決まった型がなく、それぞれの個性を自由に表現できる点が好き」という原宿出身飯島秀昭さん、当初スタッフ7人ではじめた蒼鳳は、20周年の今年の段階で、24店鋪、従業員890人を擁する。成功へのカギは「しつけ」という新聞記事がある。
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日本に居ても大概の人は、はじめての美容院・理髪所へは行かない。まして外国で美容院に世話になることなどとんでもない。嫌がる人が多い。
旅先、異文化に触れるという楽しみを、放棄することはない。中国では路上で調髪させたこともある。街路樹の木陰に椅子を置いて、そこが理髪店。当時平気でヒゲもあたってもらっていた。衛生問題に対して無知というのも恐い。というのも後日外国で散髪をするという話がでて、「顔そりは危ないから止めた方がよい」という忠告を受けた。HVSが話題になる昨今での話である。
アジアの国で理髪所が売春宿の窓口を兼ねていた時代も知っている。本当に髪だけ整えて帰るのに、粘り着く蜘蛛の巣から、必死で逃れる蝶の思いが、ぞくぞくとするマッサージの感触と共に生々しく残っている。
ハワイでの生活が永くなる。髪が延びて否応なく散髪に行かねばならない。「郷にいっては郷に従え」現地で整髪する。ここと決めた店はない。大体バリカンで髪を刈り込む。バリカンの刃が幾種も揃っていて、厚く刈ったり、薄く刈る場所で刃を換える。器械の多用と云うのはいかにもアメリカ的な感じがする。最後に洗髪するという習慣もない。整髪を終えたらドライヤーの強風で残った髪を吹き飛ばす。機械が中心で理容師の細かな技術の出番はほとんどない。
困るのは髪型、どんな刈り型にするのか。英語力が充分でないから、要望を伝えるのに苦労する。
大意は簡単に通じる。少し込み入った説明が・・・・・髪を短くするというのも、短く切って揃えるのか?たくさん切って短くするのか、デリケートな注文は付け難い。頭を刈る最中も不安がつのる。
こんな気分が嫌でたいていの人が異国での整髪を躊躇わせる。・・・・・
ヘア−スタイルの本を見る。モデルの髪型は自分とのギヤップがあり過ぎて、これと同じスタイルとはさすがに恥ずかしくていえぬ。邪魔臭いから隣と同じと伝えたら、あれは若い人「いいのか?」と質問された。「OK」 当方リタイアした身、まして海外どんな髪型でも文句はあるまい。
サラリーマンの入社当時、慎太郎刈りという短い頭が流行った。全体を短く刈るが、今までの刈り上げや角刈りとは違っていた。シャワーを浴びたままといえそうな自然な髪型は、反体制云々の難しい解説は、この際抜きにして、都会的で若さを強調する当時の風俗であった。
この頭で出社したら「君、もう少し髪の毛を長くできないのか?」と上司から注意を受けた。
時が移って長髪が流行る。、顔が大きく背の低い日本人、似合った人は比較的に少なかったように思う。流行るというのは似合おうが似合わなかろうが、こぞってやるところが恐い。今度は友人のS君が「もう少し髪を短くできないのか?」と前述の上司に叱られる。
流行を揶揄すること、倫理の規範と取るととんでもない滑稽なことが起こる。流行を批判せぬ方がよい。
ハワイでの散髪、終わったら前の短い髪をリキッドで立つように仕上げてくれた。思わずベースボールキヤップをかぶろうとすると、「帽子はかぶるな」と・・・・結構気に入って店を出た。
日本人の美容師に遭ったと、ワイフが話している。今回の女性美容師は私達のコンドの住人である。店はホテルのアーケイドにあって、小さいけれど店としてなかなかのもの・・・・
男性の散髪は得意でないとはじめに聞かされる。こうして欲しいと整髪に関する注文も、以心伝心、さすがに日本人同志で要領を得る。美容院理髪店での取り留めもない話題が、頭を繕う間続くのは何処も同じ。
サザエさんのマンガ、サザエさんがマスオさんに下世話なうわさ話や、ゴシップをしゃべりまくる日、彼女が美容院へ行ってきたことを知るというのがある。
ハサミの音と髪を融かす感触、頭を洗って貰う・・・・
この気持のよさは何だろう。聞き流している会話が日本語だけではない。彼等の手さばきは優雅で見事で柔らかい。これは上手い下手という技術の問題だけではない。日本人が持つ天性の感覚、細やかな指使いと、清潔感は芸術ともいえる。
日本にいて特に感じなかった理髪でのこの快感は、何となく刈っていた今までの現地のそれとは違うことを知る。ITやアニメが輸出の先兵のようにいわれるが、この分野のサービスは間違いなく海外でも受け入れられる。
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