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47) ビール

ケイリー・グラントとデボラー・カーの映画「めぐり逢い」の中で、結婚しようと考える時、二人とも「ピンク・シャンパンになじんだ生活を変えるのは大変だわ」、と彼女はいう。そして「あなたはビール好き?」と聞く。「あまり・・・・」と答える彼。ここではシャンパンに対比する生活がビールということが分かる。「父はそうだった、朝からビールを飲んでいた」、とつづける。  グラスの縁から  東理夫

映画の話では「ローマの休日」・・・・ヘップバーン演じる女王と安新聞記者グレゴリペックとの絡みで有名な作品だが、劇中「飲み物はなににする」という質問の、彼女が衒いなく「シャンペーン」と答えるシーンが出てくる。グレゴリペックの困惑した顔、自分は「コーヒー?」を注文する場面が印象的だったと・・・・こちらが忘れている話を息子に教えられる。

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ハワイでのビールの価格は確か70〜80円(350ml) 日本と税制が異なるので驚くほど安い。 日本のビール「スーパードライ」が、こちらでは3本飲めるという勘定だ。そんなことを言うから、いつまでもセレブの生活にはほど遠い。

日本酒に過去の勢いが無く、ワインと焼酎が流行りとはいえ、アルコールといえば圧倒的にビールが国民的飲み物だ。飲酒が個人的な嗜好によるとしても、日本人でシヤンバンの愛好者は珍しい。わたし自身も昨今までは間違いなくビール党、ようやくシャンパンを愛飲するようになった。それでも一杯目は必ずビール・・・・日本のビールは「ドライ」が出てこれが大躍進、業界の常識55年体制を打破した。これがメーカーの宣伝文句のどうり、「キレとコク」があって本当に上手い。
それとK社の「一番搾り」(文字もこの通り)・・・・ハナから世界で売ろうなど考えつかなかったのか?
この「ネーミング」世界でアプローチしにくい。



061ついでにいうと長い不景気のトンネルの中で、税法の網を潜った第三のビールは、・・・・試飲した程度でこれを愛飲したことは無い・・・・ 安いとはいえこれはビールの味をまねた別の飲み物のようだ。「安くて、まずくて」もビールというレッテルを張る商法は、ビールが庶民の飲み物としての立場を不動のものにしている証拠だ。その分庶民的な嗜好品に高い税金を掛ける政府の税制は、国民の懐を見透していて万全だ。

もう一つ米国のビールはアルコール度数が低い。日本のビールが低アルコールで成功しないのも、味がいまひとつ解決できないのが原因ではないか・・・・低アルコールで美味いビールということでは外国に負ける。常夏の気候ハワイで昼から飲めるビール、さすがに日本のビールは少ししんどい・・・




会社を終えてニューヨークへいった。後輩T君がたまたま駐在していて、「飯を食おう。わたしがおごるから一級のレストランを」と予約させた。市内が眺望できる階層、落とした照明いかにも高級感のただよう店内のたたずまい。今度逢ったら店の名を問うてみたい・・・・・

とりあえず再会を喜ぶ席に食前に「何を飲むかと」ウエイターが聞く・・・・「まずはビール、バドワイザーと」を注文したわたし、同席したT君が、「宣伝部長その注文は止めて下さい・・・・シャンパンかワインを・・・・せめてイタリアンビールに・・・・」よほど慌てていたと察せられる。とっさのことで彼のわたしへの旧職席名でのアドバイスが飛ぶ。

「Woow・・・・」ほの暗いレストランの中で赤面したのを、今も鮮明に覚えている・・・・・T君の育ち、人柄がにじみ出たアドバイスに改めて「乾杯・・・・・」「再会に乾杯・・・・」
この日の食べ物の味と会話は、今も特別の「想い出」のワンシーンで、ワイフとの会話にも度々登場する。もちろんこの話には続きがあって,料理は確かシェアーしたのだが、T君のオーダーのお裾分けがなかったと彼女はぼやく・・・・・

同じ出来事が社長の時にも起こる・・・・帰国した社長、俺がビールを飲むというのに、T君は文句をいったとお小言・・・・同じことでも評価は真二つ。これで罰点が付いたらかなわぬ・・・・・社長は本気で怒っていた。

人の「評価」も相手によって代わる。怖い・・・・

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46) ワイレアビーチ

Dscn0309滞在最終日、午前中ホテルのプライベートビーチて過ごす。大きいが低木の木陰がうまくあいていた。ビーチチェアーを運ぶ。砂の上を大型のチェアーの移動させる作業は大変・・・・外人女性が2脚を同時に運ぶ・・・・パワーの違いを木陰で寝そべって眺める。

夏の真っ青な空、午前中の海の方が碧が濃いことを、二日間のゴルフ場で眺めた海の印象だ・・・・午後は黒みをまして太陽の光を反射している。日差しはきつい・・・・風があって砂の上の木陰が揺れる。

アフリカ系の家族が目の前を過る。男性はNBLのTシャツを着ている・・・・バスケの現役選手を思わせるすばらしい体躯だ。この方はビーチチェアー3台を一度に抱て運ぶ。

わたしたちの近くに陣取る。否応なく所作が一部始終目にはいる。少し太めの連れ合い、子供は小学生というところか。西洋人は総じて裸になったら決まってどぼんと水に飛び込む。家族そろってラジオ体操に近い準備運動を3人で入念に行う。日本人のように最後に耳穴にツバをつけた指・・・・はさすがに期待を裏切られる。

それからサンオイルをお互いに塗りあう・・・・・オイルの容器が台所洗剤を思わせる大きさだ。どうしても手の届かないところがあるから、この方は誰がやっても自己完結というわけにはいかない。お互いが背中を塗りあう・・・・これがまた大変入念・・・・・それを眺めていた隣のチェアーでワイフがつぶやく。「やっぱり日焼けしたら嫌なのかしら?」

この話あとで人にしたら、「黒人は太陽の反応に過敏なのでは」と、脳天気な続きが帰ってきた。
結局海に縁のない国の人か・・・・・波うち際で仲良く砂遊びをして過ごす。



Dscn0315ホテルのプライベートビーチはいろいろな人たちで賑わう。この表現は正しくない・・・日本の夏の浜辺を想像してもらうと困る。広いビーチにぱらぱらというのが本当のところだ。
沖で楽しんでいたアウトリーガー(独特のカヌー)が2槽、浜に戻ってきた。インストラクターが居て、この船の楽しみ方を教えるようだ・・・・・一艇に4〜5人乗れるからその一角が、「わいわいがやがや」。沖での出来事を話し合っているのか盛り上がる。上半身オレンジ色の救命具を付けている。既に外した人も混じる。若い女性たちはビキニの水着が若さを謳歌している。小さな布一枚の彼女たちに何の衒いもない。ここには日本人はいないが、日本の若い人たち・・・・じろじろみられていると思うのは、偏見と自意識過剰に苛まれているとしか思えぬ。



Dscn1405子供の頃の日本の夏「白砂青松」は関西地方の海岸風景だ。夏休みは決まって海水浴へ・・・・代表的な関東の濱「江ノ島」や「稲村ケ崎」は、関西人には砂浜が黒くて奇異に映る。六甲山系に代表される花崗岩が白い砂浜を生む。
その阪神間はもちろん大阪市内からだと大阪湾を南下、浜寺や助松・・・・少し脚を延ばして二色浜辺りも「白砂青松」が続く。清閑な住宅街を通り抜ける海への道、強い日差しが白砂の道を射る。ところどころ空き地には決まって月見草が咲き乱れていた。樹型はよくないこの花の黄色は夏の華だ。歓声と同時に海が目の前に・・・・・ 一緒に遊んだかけがえのない友達たち、炎熱と潮の香りは、人生にかげりなど感じないひとときだ。海で遊ぶ間、袋に入れておいた「そら豆」がふやけて食べごろ。海につかった後の帰路、郊外電車車中で睡魔と格闘というのも常だ。
空は透明で高くなり土用を過ぎると大波がくる。クラゲがでる。賑わった海の家もどこか寂れて見える。海辺に遊ぶ人々の姿が淡い影のようになる。子供心にも海はもう終わりだなと感じる。 この移ろいにあたふたする。その海も日本の高度成長に併せて埋め立てられ消え失せた。

ホテルのプールサイドの外れ、ビーチへの通路でシュノーケルを貸し出している。常夏の島で夏という季節は特別のものではない。とはいえ今年の夏を慮って準備されたに違いない。近づくと日本の夏の日と、同じペンキのにおいが潮風に混じる・・・・夏に別れの挨拶をすることのない島は、 子供の頃に過ごした夏と何度でも会える。

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45) ちんたら

Dscn0245昨日からコンドの真下、1Fで材木に女性がペンキにを塗っている。今まで何となく観察していたが、空き地に見えるこの場所は、階下の住宅のラナイ(ベランダ)のようだ。左右の住宅は、既に天井を設けて家の一部として使っている。同じ様子になるのでは・・・・木材の調達とそれに塗装など準備は施主がする。

Dscn1025そして建て前には専門的技術の持ち主が来て作業が進む。今お願いしている我が家のキッチンの蛇口は自分達が探してきて、取り付けは専門家にお願いする。日本人には不便と感じるこの方法は、「材料と技術」の両方に手数料のかかる不明朗さはない。



階下の作業・・・専門家集団が4人来て、詳しくは一人は部材の手当に走っているのか、顔を出したが現場はいない。日本よりは道具の機械化が進んでいる。これを駆使すると作業は早いはずだ。しかし3人が真剣に仕事をしているという様子はほとんど無い。「ちんたらちんたら」という日本語が酒の蒸留にかる時間のゆっくりした様子を語源にしていることを、つい今しがた知ったところだ。

朝の早いハワイ取りかかる時間は早いのだが、3人がそろって仕事をするということはあまり無い。陽が高くなると屋外は温度も上がる。水を飲んだり休憩している方が多い。誰彼ということ無くまあ仕事をしているのは1人・・・その間サボタージュに見える他人に文句をいうふうも無い。小さい島で3人が生産性を高めたらたちまち仕事は枯渇する。という暗黙の不文律を守っているようにも見える。そういえば合理性を追求せざるを得ない規模の企業は少ない。一種合理的な「ワークシェアー」が島民の仕事の場をうまく調整しているともいえる。

日本人なら「油を売る・・・・」ということになるのだろうが、人が仕事をする様を睥睨していると、「油を売っている」自分に気づく。この様子を表す的確な英語があるのだろうか? にも思いが馳せる。


Dscn0246入れ替わり立ち替わりの仕事は、コミュニケーションに不安がある。案の定、柱の長さを間違えて「おしゃか」が出る。その柱は箱に組んだ上部で2方と接続されているが、肝心の足元は固定されていない。素人のわたしが見ても上からかかる力は耐えられるとして、横の圧力にはひとたまりもない。

この年日本で耐震設計の強度偽装問題が問題になった。「コスト削減のために」決められた法的規制を、専門家があえて踏み外したという事件だ。
今彼らが取り組んでいる仕事は、ラナイに屋根を取り付けるという簡単なものだ。
分っていてコストのために違法する・・・こちらは無知のまま施行が行われる・・・・どっちが正しいのか・・・足を継ぎ足してなんとか処理される。

枠組みが完了したら屋根にブリキの屋根材が張られる。屋根がついたらさすがにその下での彼らの「ちんたら・・・・」をもう見ることはできない。数日かかって作業は終了、新しい屋根のついた階下の景色は一変している。

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44) おもしろうて・・・・

07年1月ワイアラエの「ハワイアン・オープン」で彗星もごとく登場した地元の少年、タッド藤川君(16才)、さすがにメィンランドのメジャーの大会では10位前後の成績で終わった。
その彼が2月「パールカントリー・オープン」で優勝した。ローカル・オープンとはいえ日本のプロ達もこぞって参戦する試合で、タッド少年はその非凡な才能を見せつけた。ミッシェル・ウィといい タッド藤川君といい、早熟といえるハワイアンゴルファーの順調な成長を願う。
そうそう日本のプロゴルファー田中秀道君、試合前のグリーンでたびたび一緒だったこともある。礼儀正しい好青年だ。その彼もパールオープンで優勝してビッグネームへの道を駆け上った。
この試合はわたしの原点「ゲンを担いで毎年参加しますと・・・・」
しかしすっかり有名になった彼と、その後パールカントリーのグリーンで、話を交わすような機会はもう巡ってこない。

「パール・カントリー」でのゴルフ「Aの会」に、はじめてゲストとして参加した・・・会は毎月一回、その他分会もあるから、毎週何がしかのゴルフの会がある。横飯(英語)から解放されるこの会はハワイ在住日本人の社交場の一つだ。狭い島の情報交換もここで飛び交う。ローカル紙に当日の成績なども載る。メンバーは嬉々としていて、まことに和やかで便利で楽しい組織というる。端から見るとすこし無防備にすら見える。役所に頼らなくとも、とにかくハワイにいる日本人の消息総て、ここで基本台帳に登録されていると考えて間違い無い。日本社会ではスッカリ希薄になった人間関係が今も存在する。今はあまり参加しないようだが、会計士のT先生、保険屋のN氏も日本人として当然仲間だそうだ・・・ 血縁の乏しい外地で、よくも悪くも地縁の付き合いは日本より濃密といえる。

「ちよっと違うんだなあ・・・・」
誘ってくれた大学の後輩S君も、帰路の車の中で気持よさそうに「日本の演歌」を歌う・・・・・
   
彼との会話で「シロキヤ」の運営について
「日本のデパ地下をもっと研究したら・・・・」
「今回リニューアルしたんだ。すると古い顧客離れが進んだ・・・・」

一理ある。シロキヤはハワイ在住日本人の「小宇宙」だ・・・・彼等彼女たちの知る日本は現行日本ではない。既にセピア色に変わった古い日本の面影を守り続けることの使命もあろう。商売の効率だけで処するわけにはいかないのだろう。しかし日系とはえ若者たちが、立ち寄るということはほとんどなくなった。

「置いている商品はChiperで価格はExpencive ・・・これで顧客に親切といえないなぁ」
という質問に答えは無かった。
「店は顧客のためにある。値段が高ければもっと質をあげるべきだ・・・・」
ここまで言いかけて・・・・ 外野が立ち入る問題ではないと止める。

ラジオから流れる演歌に相変わらずハミングするS君・・・そう今日一日ゴルフの最中に流れていた目に見えないバリアー、ひとつがこの演歌のメロディーだ。今日の日本ではもうこんな乗りのメロディはほとんど聴けない。同じ日本人とはいえこちらに住む人たちの血液は「良いとか悪いとか」は失礼として、在島年月に合わせてすでに異質のものになっている。日本人というよりもっともっと日本的だ。日本人のように見えるが異邦人かも知れぬ。


第二時大戦で「日本人」が敵味方に別れて戦った「二世部隊」の話もよく話題になる。「日本人」というDNAだけで同一民族とする考えには違和感がある。アイデンティティは生まれ育った土地と考えた方が間違いない。 前述のタッド・藤川君も日系4世として騒がれるが・・・日本語はひとこともしゃべれないない。確実にハワイ人で米国人だ。

そういえば過去、知人のM氏にも現地ゴルフ会に誘われたことがあった。しかし彼は「あなたは無理かなあ」と言葉を濁して、なにが無理なのか説明のないまま今日まで結局は誘いはなかった。
ゴルフもゲームという異文化の壁に打ちのめされた。深いラフ、固い大地、手入れの悪いグリーン、仲間同士ゲームでもゴルフの基本はノータッチ。異文化に調和しその上どっぷりには、いささか「勇気と習慣を変える」のに時間がかかる。

海外での生活も日本が尺度になっている限り、これはもうどこの国へ行ってもやっていけないだろう。
友人たちの中にはハワイへ来ても、「銀座」や「北の新地」の遊びと、寸分違わぬものを求める人も交じる。「ここは外国、日本と同じ横柄な振る舞いが、時として礼儀を失することになる。少しは慎重になさるように・・・・」

わたしとしてはそこまで無作法ではない。滞在先になじむべく努力はするつもりだ。顔や皮膚の色が同じだけでこの超えがたい「深淵」は如何様ともし難い。何が無理なのか? 「深淵」を 経験的に承知していたM氏の、言葉がこの日理解できたように思われる。
地縁・血縁 近すぎる血のつながりも煩わしい・・・・
  
「和して同せず」ハワイでの生活も日本を引きづって、ツーリストとして初々しいまま、滞在するのがいいのでは無いだろうか。現地の日本人社会を「異邦人」の目で見る距離と感覚が、この島を訪れる魅力やも知れぬ・・・・・ 

結論を出して書き始めたつもりが、生臭い話に振り回されたことを悔いている。

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43) 楽園ナウル

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1993年だったと思う。ワイキキの高級ホテルの一つ、ハレクラニに滞在していた。外出しょうとホテルの玄関へ、貴賓客の到着があって、玄関で足止めを喰った。出入り口は外にもいくつかあるリゾートホテルでの足止めは、一向に滞在客の迷惑にはならない。


休暇を満喫するこちらも気分に余裕があって、停められたこと云々より、興味が先立ち暫く様子を眺める。車止めからホテル内まで、赤いじゅうたんが敷き詰められているから、かなりの身分とお見受けする。やがて大型リムジンが到着、男・女ふたり、後ろ数台の車から降りた従事が数名続く。「5分を要しただろうか?」華麗できっちりとしたセレモニーではあったが、受けるホスト、受け入れ側のホテルにも肩肘張るところなく、手慣れた印象が残った。
白昼夢の様なオトギ絵巻、ワイキキの乾いた風と一緒にその日の出来事は今も鮮明だ。


夜、ハレクラニのバーは珍しく混んでいた。通常ならばほとんど他の客と席が隣接したり、話声が聞こえる距離に座ることはない。案内してくれたボーイが、「ナウル」の王さまがホテルに滞在していて、1日の仕事を終えた従事たちが客であることを説明する。

「ナウル」という国名を聞いたのはこの時が最初、王族は国政に困難もなく、ハワイで過ごされることが多いことも聞く。バーのボーイは日本語がしゃべれるため、私たちに対しておしゃべりだ。前回の滞在では、約3億円支払われたと下世話なことまで教えてくれる。

ハワイでたくさんあるコンドミニアム、中でも古典的なヨットハーバータワー、 バブルの落とし子****、人によって評価は違うかも知れぬが、NO1といえるのは「ナウルタワー」。この持ち主が「ナウル共和国」の国王、2000年には新ナウルタワーが、アラモアナビーチに隣接して建設される予定もある。

「ナウル共和国」南大平洋に浮かぶ小国、経済圏はオーストラリアに属して、使用通貨はオーストラリアドル。地球上で一番豊かな島といわれる一つ。国民は政府から年間100万円見当の保証を受ける。たばこと酒以外はすべて無税。生活必需品は自給自足か、これまたすべて輸入。国民が働かなくても食っていけるこの国の悩みは、「栄養過多」と「運動不足」による早死、平均寿命は53歳、贅沢とはいえ人間いろいろ悩みはあるものだ。・・・

珊瑚礁で出来ているこの島で「リン」が取れる。資源大国世界の生産量の8割を握る。火薬の原料となるリンの需要は尽きない。平和の島が爆薬の供給源とは馴染めぬが、島のあちこちで採掘跡が見られる。とはいえ「資源は有限」ぼつぼつ枯渇が心配。先のコンドの建設やハワイでの不動産運用は、先を見通した国の政策のひとつでもある。


偶然見たTVにナウルの白昼夢が映る。484_2
政策といえば先進国を真似て、経済活動を起こそうという動きもある。ナウルでも市場経済の導入が試みられる・・・・・
楽園ナウルに初めて国営の「魚屋」が出来た。「人気は上々!!」
島民のほとんどがお金を使う機会がないから、めずらしさもあってSOLD OUT!!が続出する。供給が間に合わない。腐心の末オーストラリヤからの輸入でつなぐ。
海に囲まれた小さな島。もともと食べれる分だけ自分で獲る島民が、オーストラリアからの冷凍魚を食べるわけがない。島民にとっての冷凍魚は気持ちの悪い食べ物としか思えない。しかも島で自給するより高い。困り果てた政府高官が、魚を買いに来た島民に「海へ出て魚を獲ってこい!! 高く買い上げると」叫んでいる。

かってハレクラニのホテルのバーでご一緒した従事が、「もしやその高官の一人ではと?」目を凝らした。ハワイの屈託ない空気が、おとぎの国への妄想を膨らましてくれる。

*資料
オーストラリアは財政破たん状態にある大平洋の島国ナウルを支援するため、政府職員らを派遣すると発表した。豪州は昨年から大平洋諸国に強く関与する政策を取っており、軍も含めて域内への政府要員の派遣は3ヵ国目。
人口12000人余りの小国ナウルは、1970年代、国内鉱山でとれるリンの輸出で潤おおったがすでに枯渇。不動産など海外投資の失敗も財政悪化に拍車をかけた。
財政支援2250万豪㌦(18億円)供与、大平洋への関与を強めるのは、財政や治安が不安定に国はテロリストの拠点になりやすいの考えから。

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42) コンドの照明

08年コンドへ到着、なぜかいつもより部屋の照度が低い。
と同時にスタンドの横に電球がおいてある。スタンドにはあたらしい、「渦巻き型の蛍光電球」が付いている。誰かが付け変えたのかなあ・・・・しばらく住んでみて慣れてくると総てといえる電球が、省エネタイプに付け替えられいてる。おそらく月々送られてくる「コンド通信」には、経緯の報告があったはずだが見落としている。

省エネタイプの照明・・・・いいのは分かっているが、初期投資に費用がかかり過ぎる。単純に云って今までの電球に比べたら5〜6倍高い。アジアの国々でもこのタイプの普及に力を入れるべく、国が補助をして普及を計るようだ。
コンドは住民の相互扶助で費用をまかなう。少しでもランニングコストの削減をと、結果普段不在にしているわれわれの室内も、交換可能な電球は取り替えられた。


支障はない。225「少し暗いかなあ」とずいぶん後になって感じたくらいだから・・・・それも理由はある。100Wを使っていたところが60Wに取り替えられているのだから。
日本でもエネルギーの削減は大きなテーマーである。石油が暴騰している。とはいえハワイのコンドほど徹底して取り組んでいるかといえば、総論賛成・・・・各論反対とまではいわないとして、「積極的行動」が社会的うねりになっていないことも事実だ。
民主主義の国。全員の「合意」と「総意」で決定され、実行に移される。しかし民意を超えた実行力も、その国の民主主義の、柔軟で元気な証拠のように思える。日本ならここまでの「実行力」はないし徹底しない。「節電への対策」が徹底する国に・・・・ただただ敬服する。


顧問弁護士のY先生との立ち話・・・コンドでは節電のために、電球の総てが取り変えられて、照度を落としていると話した。「オーナーたちの維持経費を上げぬ努力をしているので悪いことでは無い」とスパットした説明があって、その上でもしご不満なら異議の申し立てもよろしいが、「電気を使う場所を増やしたらよろしい」「スタンドの数を増やしなさい・・・・・」
このアドバイスは彼の真骨頂だ。

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41) スバル

ハワイ島マウナケアの山頂に1998年150億光年先まで見える、世界最先端の望遠鏡が完成した。150億光年先といはれてもピンとこない。ウソかホントか?この望遠鏡は、富士山の山頂に置いたりんごが見えるという。
光を集める鏡面が、自らの重さにたえきれなくて、この「撓み」の修正に技術の粋を集めたという話も聞く。技術立国、日本の面目躍如ともいえるが、国家事業として外国に設備を建てるのは前例もなく、夢の実現化には幾多の障害が立ちはだかったという話を聞いた。

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Big12
ゴルフ ハワイ島ワイコロアで午後からの遅いスタート、気のあう友だち風に吹かれてのプレーに、人生の最高の瞬間を実感する。観光客は日本での習わしで、午前中の早い時間からゴルフをする。ゴルフは1日かかるという感覚だから致し方ないが、ハワイでは半日のスポーツだ。有名人が3日の滞在中に、6ラウンドプレーしたというのも誇張ではない。午前と午後、たとえ場所をかえたとしてもこの島では可能だ。午後からのプレーには料金の割引などもあって・・・・チャンスがあればぜひお勧めだ。



Big6ネバーアイランド・・・・近隣の島のリゾートホテルに滞在してのゴルフは、ゴルフに関する考えを覆される。ゴルフ好きにはたまらない一刻だ。ハイシーズンは多少時間が取りにくいこともあるが、ホテルを取り囲むようにゴルフ場が作られていて、コンシェルジェにお願いすれば手配してくれる。ホテルからゴルフまではシャトルバスが運行していて、5分も走ればクラブハウスに到着する。煩わしいことは何もない・・・・

ワイフはゴルフをしないが、「ライダー」というのがあって、手続きすればカートに乗って一緒にコースを回ることも可能だ。自動車に乗ったことのない高校生の孫娘、仮想「車の運転」は緑の芝生を走ったのがはじめてだ。「体験学習」は大成功で運転にもすぐ慣れる。取得年齢が来たら自動車免許にトライするそうだ。プルメリアやブーゲンビリアの花の咲き乱れるコース、コースを取り囲む別荘群、遠くで光る海・・・・コース内を巡ってくる食べ物と飲み物の車を呼び止めて「サンドイッチ」ピクニック気分は盛り上がる。


15番、日の光が衰えた気配の中でパターを終えた。次のホールへの移動、珍しくマウナケア(4205m)の山頂で日本の天体観測基地「すばる」が、夕日を受けて金属色に輝いている。さすがに日が落ちて次のグリーンが見えにくい。遠くゴルフカートが一台近付いてくる。途中でプレーを終える我々を、マーシャルが迎えに来てくれた。ゴルフ場18番まで回り終えるとクラブハウスに難無く到着するが、広いゴルフ場途中で終えるとどちら向いて帰るのか見当が着かない。



Dscn1093風呂に入ったりシャワーを浴びたりという習慣はない。 クラブハウスで一服・・・
平和で満足のいく一日、「この充実感は何やねン」人生の終盤もかくあるべしという、贅沢で祈りに近い思いがよぎる。すばるは残光の空をバックに、今は黒いシルエットに変わっている。

山頂、辺りが漆黒の闇に包まれ中で「すばる」は、 西空にひときわ明るい一番星を拾って間もなく、150億光年前に発信された悠久といえる「星からの便り」を拾い集めるのだろう。

クラブハウスで飲むビールが今日はことのほかうまい。

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