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48) 虹の棲みか

サガンの「悲しみよこんにちは」・毎年夏休みを娘と避暑地で過ごす。南フランス辺りの海岸が多い。滞在先はホテルではなくて、海を見下ろす高台に家を借りる。少し身持ちのだらしない独身おやじと、感じやすい年頃の娘の周辺でおこるひと夏の出来事。
この本に出会った50年代、これがサガンのデビゥ-作で、後サガンはヌーベルバーグの旗手になる。
日本は大戦後の復興さなか、当時の日本人感覚からいえば、ただただ夢の世界といえるシチュエーションだった。すぐさま映画にもなったから、地中海での生活が映像と重なりあって、強い印象として残っている。自由になる家と屈託ない時間、主人公たちは本を読んだり泳いだりの無為の時を過ごす。「凄いなあ」とただただ羨んだ世界だ。後年日本人も観光の名で世界を見て回ることになるが、そこにはすでに物見遊山な浮かれた気分の陰すらない。意外と質素で地味な避暑地の過ごし方。休暇がそれだけ日常生活と密着し、すでに洗練されていたことに驚く。案外若者は退屈した毎日を過ごしていたかも知れない。

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Dscn0301ハワイで住む・・・・というと、聞く人は必ず「いいですね」と羨やましそうにいう。ハワイに行ったことのある人ほど思いが強いようだ。ハワイに行った時の自分の体験が、べースになっているに違いない。

友人S夫妻、初日にトロリーの乗車券を買って、全路線に乗った。滞在中GOLFも3度プレーした。観光用の飛行機に乗って島を睥睨すると、こんどはダイヤモンドヘッドへのトレッキング、一度は登山道閉鎖日だったので、再度挑戦した。夜は夜でポリネシア・カルチァー・センターとマジックショーへくり出す。正直10年居てGOLFを除いて、私は上記ツアーに未だ、どれ一つ参加したこともない。過ごし方にあれこれはない。人の数だけスタイルがあるのだろう。これを1週間の滞在中に消化する。盆と正月が一緒に・・・・と、この際の大判振る舞いは、「清水の舞台」からか、「バババーン」とたまには羽目をはずして行こういう、TVコマーシャールそのままだ。そのアクティビティ振りには当方もさすがにあんぐりする。折角お世話したホテルのスィートの部屋が、暖まる間もなくほとんど終日無人で勿体無い。


大体勤勉で愚直な日本民族が、ツアーに追いまくられ、息つく間もない遊びの毎日にしばし身をおく・・・・帰国して疲れがとれ、平凡でたいくつな日常が戻ってくると、これらの天国の記憶が鮮明に蘇る。記念写真を何度も見る。余談だがハワイで写真を映すと、誰もがきれいに写る。光の強さによるところもあろうかと思うが、滞在中の屈託ない幸せ気分が顔に出るのだと思う。
友人達のために「天国ツアー」なるものを毎年開催している。仕事ではなくて滞在中のお世話、ボランティアみたいなものだ。周囲は高齢者が多いから「いい顔の遺影をぜひ」とジョークが看板だ。

いずれにしろ自分達の「観光の凝縮ハワイ」が頭に刷り込まれているから、私達も毎日同じような生活をしていると錯覚するようだ。「ハワイですか?」「よろしいなぁ」とため息と一緒のようなつぶやきにも聞こえる。

Dscn0592「ハワイがどうした」・・・一度だけ孫が学校で強烈なトゲにさされたと聞いた。こどもの世界のことだとして、当方からひけらかしてしゃべることはまあない。
川上弘美氏の文章に「トリビアルな推測に一抹のうっとうしさを感じる・・・・・」というのがある。うっとうしさまではいかぬが不安を感じることはある。その素直なご質問をなぜか身をすくめて聞いている。誤解だと説明するのも面倒だから、身内や知人にもハワイでの生活を積極的に伝えないようにしている。「ひけらかしているよう」に取られることのないよう節度はもつつもりだ。



「住んでみる」ことは、観光に来ることと全く別である。日本にいる時とそんなに変わった生活をしているわけではない。「退屈しませんか?」というご質問も多い。生きることに退屈しない限り、日本にいてもハワイにいても同じです。下世話な話、「年金生活をやるには日本よりやりよいか?」というところはある・・・・そうは云いながらグリーンカードを貰うほどのこともなく、往ったり来たりが丁度よい。万一病気・葬祭など、のっぴきならぬことが起こったとして、日本までのフライトは約8時間、孫は母方の里、「松江」へ帰るのと「ハワイ」は同じと笑う。

Dscn1669そういえば私達関西人が東京の大学へ行っていた頃も、東京まで夜行で8時間かかった。しかしほぼ10年過ごしてのっぴきならぬ事態は、今の所一度もない。
1〜3月日本の極寒期向こうに滞在して、4月「桜を見に日本へ帰る」も格好いいでしょう。

ワイフと二人での滞在が多いから、食料品や生活用品のの買い出しにでかける。時間がタップリあるからいろいろなところに出向く。生活圏がアラモアナだから、アラモアナSCやワイキキはテリトリー、ことに避寒をかねる冬期は、「我が家のキャンプイン」をテーマーにしているから極力歩く。いけるところまで行って、疲れたらバスに乗る。シニアーのバスチケットは2年間で$25だ。行動半径は幾らでも広がる。

ワイフなどは一日にSC内を2〜3回うろうろする。目の前のデパートなど夜10時までやっているから、夕食後の散歩に格好の場所となっている。SCを歩いただけで今日は日本からの観光客が多いとか少ないとか、この報告は毎朝放送されるラジオの来島情報と一致しているから恐しい。


私は目前のマジックアイランドに、散歩がてらサンセットを見に出かける。ここはロコ達のランドマーク、大平洋に突き出した公園は、東側にヨットクラブがあってセールが乱立している。ワイキキのホテル街、さらにはダイヤモンドヘッドが遠望できる。西側にホノルル空港、飛行機の離発着が見られるほか、Ewaのなだらかな陸地が少しかかるが、ほぼまつ平らな水平線が180度広がる。
朝夕はジョガーズ、休日は家族ずれや仲間達の、バーべーキュウの煙りがあちこちに昇る。


Dscn0512西日が沈む。日本に居ると夕闇迫る寂寥感が嫌いで、日没を楽しむことはほとんどない。大勢の人があるいは立ったまま、あるいは座って、みんな黙って同じ方向を見つめている。みんなの夕日に染まった顔には、一日の終わりを惜しむよりは、明日がまた今日と同じように、巡りくることを信じて止まぬ安堵が見て取れる。「サンセツト」には悲しさがただよう気配はみじんもない。海の底に陽の球が「ジューッ」音が聞こえるように沈む。

陸地から見えなくなった太陽が天空を焦がす。透明な未だたそがれが幽かな青い空に、雲が光り受けてオレンジやピンクに燃え上がる。ショウの第2幕がはじまる。南国の天体ショウは鮮やかで華々しい。明るい輝きにグレーやブルーが忍ぶごとくに加わる。飽きるほどの空を、見終わった観客が三々五々公園を後にする。公園は漸く薄暮につつまれている。

公園の入口ワイキキヨットクラブは、パームツリーの黒い影に隠れてひっそりと、入口を照らす街灯がぽつんとさびしげに見える。人懐かしい思いがただよう中、クラブのバーに立ち寄る。NFLフットボール終盤、テレビの中継に店内は騒々しい。ホテル街の窓明かりが照度を上げて見える。
こんなことで我が家のキャンプイン、「歩く」というの宿題はすくさま達成される。




Dscn0609早朝、娘と休暇を取り損ね、遅れてくる娘の連れ合いを迎えるため空港へ向かう。ハワイのそれぞれの町は北東からの貿易風を避けるように、山脈を背にした位置に開けている。高い山あいに日が昇った時は、すでに日は力をもっている。それでも生まれたてホヤホヤの太陽が稜線に顔を出す。それにしても夜明けの空に見事な虹。ダウンタウンの高層ビルに片足を、もう片側は大平洋に掛かる。こんなに一部始終がはっきりした見事な虹はさすがに珍しい。きっと天国でセレブレイトの行事が行われているという確信、義理の息子を迎えにいく高揚したいいようのない時間が流れる。

「虹をユックリ見たことがありますか?」日本では瞬時に消える「儚さを象徴」するものの一つです。虹の街ホノルルでは、懸かる多さもさることながら、20〜30分消えずに見える。コオラウ山脈をかぜに飛ばされて越えるシャワーに朝日が照たる。だから午前中は西の空、海上やダウンタウンの上にあがる。ワイキキに滞在していて見たことのある人は大体こちら、夕刻は東の山並に西日を受けて輝くが、この方はビルが邪魔をして見える機会が少ない。この辺りが虹の棲みか・・・・・


プリズムの原理を承知していても、色の配列まで知っているかといわれると心もとない。「虹は七色」は間違いというのです。日本の虹は四色と何かで読んだ。青系の色が虹の橋の内側、外へ行くほど赤い色という七色の配列まではっきり見える。ここまでハッキリしない虹が多いということではないのか?現在三才の孫娘、日本にいたら映像や絵で知ることはあるとしても、現実の虹を見る機会が持てたかどうか。虹に出会えるチャンスは非常に少ない。


ダウンタウンをすでに通り過ぎた。虹もさらに西に移動する。孫娘のパパは間違いなく虹の彼方からこの島にやって来る。

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