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2-11) 携帯デンワ

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夕刻5:45ワイキキへ
始めての来島客、いかにアラモアナがオアフの中心とはいえ、ワイキキを見ずして帰すことはできない。バスで・・・・カラカウアからロイアルハワイアンホテへ、ロイアルハワイアンSCは工事中でホテルへの道もわからぬほどだ・・・・

「マイタイ・バー」でのサンセツトに合わせたが、この位置から3月はじめの日没は西に振っていて見ることできないようだ。席はすでに満席なんとかテーブルを確保する。プライベートビーチに面した一等席のテーブルに、ひとりビールをおいて携帯電話をかけている・・・・




Dscn0198_2アメリカ人いやここはハワイ、ハワイ人の電話好きこれはもう尋常でない。歩きながら・・・・そう「ながら族」という言葉が流行った時代もあったが・・・・買い物の勘定をしながら電話をかけ続けている。客の方だけではない。勘定を受け取る側も決まって受話器を肩と耳に挟んだままの作業だ。

自動車の運転マナーも悪くなった。理由の一つが電話だ。電話をかけながらの運転で一番粗雑になるのが一旦停止か・・・・人影を見たらたとえそれが距離あろうと止まる、というのがこちらのルールだと、運転免許試験で教わった。電話を使いながら止まったり動いたりの作業は、当然邪魔臭いものとなる。
トイレの個室から「明日の朝7:00に起こしてくれ」話し声が聞こえてくる。トイレしながらしゃべらねば、というほど火急の用では無い。

翻って日本での携帯事情、日本では携帯を使いながらの、運転は法律で禁じられている。もうひとつ「携帯をやめるよう」ヒステリックと思えるほどの公共交通機関・・・・車中を伺えば、いまや誰も電話をかけている人などいない。話はしないが黙々とメールをうつ。シコシコとキーを押し続ける姿は「自慰」しているようにわたしには見える。いつから日本人もこれほど文通好きになったのか? ・・・

「通話」にしろ「メール」にしろ若い人の使い方は、圧倒的に友人達との連絡とおしゃべり・・・使われ方が前述のトイレからの通話同様火急の用ではない。遊び道具の一つというと叱られるだろうか。
われわれのように現役を退いたらケータイを必要としない仲間が増える・・・・老いが進むほどいつでもどこでも連絡の取れるツールは必須アイテムだと信じている・・・・携帯がセコムの役割をやるわけだ。

折角の文明の利器もうまく使っているいるかと聞かれたらお互い心もとない。
香港の友人たち一人3台の携帯を使い分けて、事業の独立を果たした猛者が数人居る。メールも「英語」でやったとしたら語学の習得に威力を発揮すること請け合いだが・・・・ケータイとコンピュターが今のように身近にあったら、私もサラリーマン生活を全うすること無かったと・・・・悔恨の情が身を襲う・・・・

とにかく昨日到着した旧友とビールで乾杯だ・・・・ハワイへようこそ!! ダイヤモンドへツドが夕日をうけて輝く、まだビーチで大勢の人が泳いでいる。


Dscn0240_3ワイキキビーチの空には「幸せの女神」が住んでいる。ここでは不幸を感じさせる人などいない・・・世界中から幸せを謳歌する人々が集まってくる。そして女神のもとに集う。ここで運悪く夫婦喧嘩を繰り広げた人がいる。それもお互い暴力をふるった。日本では絶対に無いという光景では無い。ふたりは勾留され罰金を科せられた。その上今後10年間ハワイへの入国を禁じられた。と領事館の広報が報じた。女神の統治下では身を慎むべきだ。

世界中に名だたるバーは沢山ある。ここに立ち寄るといつも、ニューヨーク、タイムスの記者たちが立ち寄る都会のオアシスや、ロンドンのソフィスケイトされた バーを思い出す。同じく「バー」と呼んでもこことあまりにも正反対の趣をもつからだろう。


こちらはオープンエアー、天然のクーラーの中だ。眼前ビーチで人々が幸せの競演に興じる景色を、ぼんやり眺められる場所はほかにそうない。そして自分たちも仲間に加わっている。この「すばらしい人生」を実感するひとときはたまらない。

注文を取りにきた若いウェイター、べっぴんさんのメキシコ混じりが「バケーション」かと聞く。われわれは別として、中尾君は独身だと売りむ。
「バケーション?・・・ハネムーンのリハーサルだ」「君がお相手でもいいよ」・・
「うぁーお」酒が絡んだ気楽な会話が弾んだ。

ハワイアンバンドがスローで心地良い曲を奏でる。曲が終わるたび小さな拍手が起こる。テーブルにホテルを象ったピンクのキャンドルに火が入る。先ほど記念写真を何枚か写したダイヤモンドへツドも、忍び寄る夜の帳の中に沈んでいる。バンドの演奏は終了する。ビーチを散策する人はいるが、さすがに泳ぐ人はいない。あちこちでトーチの火が勢いを増している。
まあ次回はロイアルハワイアンでの結婚式だ・・
   
来た時と同じ席、同じ姿勢で携帯電話の話は今も続いている。通常ならもう電池が切れている。話し相手がいるのだろうか。通話の向こうはひよっとして漆黒の深淵・・・天国でひとり「孤独」と格闘している人がいる。冷たい風が背筋を走って席を発つ。      
        
    

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2-10) ハレイワ

M13_2ひと息ついたらノースショアはもうすぐそこ。

ハワイには珍しい日本の地方を彷佛させる穏やかな山脈が、広大なパイナツプル畠の左手に続く。ド−ルプランテーションを訪れて望むこの景色も好きなもののひとつだ。
日本にも「坂のある町」その坂が海にいたる名所はいくつもある。ゆっくりと歩いて下る、あるいは息を切らさぬ程度の歩測で登る。振り返るたびに海が望める景色は少しづつ広がる。坂は旅情をかき立てるシチュエーションの一つに違いない・・・・

遠くに海が見える。だらだらくだりの直線の道路を車は一気に下る。一気と云ってもこれが少々の距離ではない。ところどころの小さな木立の叢があるが、左右のプランテーションはパイナツプル。樹形が低いから視界を阻むものはない。車が風を切る。そしてその風がからだを包む。世界中のサーファーが波にまみれるために集まる地への途中、この坂を下るときの風との感触も捨てるわけにはいかない。

光りを受けてきらきらした海は、下るにつれて少しづつ形をハッキリさせる。太平洋を渡り続けてきた波が、陸地に到達して白いあぶくになって弾ける。冬場この波の大きさに魅せられて世界のサーフーが集う由縁だ。

素人がいうのもなんだが、波に乗る面白さはもちろんとして、大洋を横断してきた波を今か今かと待ち続けて・・・・この波と格闘する。ノースショアーにくればいつでも波に乗れるという単純なものではない。昨年は一冬待ち続けて、そんな波に出会うことなく帰ったと・・・・
島では天気予報と同時に「波の情報」を流している。当然彼等も漁師と同じく、浜で風や雲の流れをみて、海へ出るか否かを判断している。それは幽かな神の啓示を漏らさぬよう聞くがごとくか・・・・

太平洋の真ん中、果てしない旅の途中に島にぶつかる。大洋で生まれた波は息が長い。このとてつもない波の一瞬を穫らまえての「波との格闘」、波との勝ち負けは時に生死かける。とらまえた波と格闘し乗りこなしやがて波が息を秘そめる。サーファーはボートを捨てる。体は穏やかな波に包まれる。この時一瞬「昇華」と「解脱」の幻覚を見るのではないか?ここまでは私の想像だ。ただ波を追い続ける本物と呼べるサーファーたちに生活臭は欠片もない。

道路が海にぶつかる地点がノースショアー、ハレイワの町だ。もう少し詳しく述べると、バイパスがあって右に道をとるとほとんどノースショアーと呼ばれる海岸に近いところにいたる。左はハレイワの町中を通る海沿いの旧街道だ。とはいえ町中の散歩は車でということになるからゆっくり走らせる。町は年々新しくなってきているが、いたるところに古いハワイが残る。ところどころでショップに出くわす。それぞれ時代をスリップしたような店が人を魅了する。度ごとに車をとめる。

ロコに生活必需品を供給する店、スーパーやコンビニと呼ぶに正しくない規模と風情の店から、土産物屋など。さすがにサーフィンのメッカ、ハレイワから発信されたファッションも見つかる。あっちでうろうろこっちでうろうろ・・・・・ここでは時間がいくらあっても足りないが、これを補うように時間の方もゆっくり流れる。何より先を急ぐことはなにもない。

436仕事に疲れて精神を病む人たちがいる。経済大国日本で年間30.000人自殺する。日本人何ごとにも全力疾走し過ぎた。

ひなびた教会が右に見える。開拓時代から教会とドラッグストアーが町を作った。すっかりメジャになったマツモトアイスはその向い側、今は日本でも少なくなった「かき氷」、色の濃い七色のシロップがかかる。文化の交流というのは混じりあって成り立つ。東洋がそのまま西洋に成り変わることはあり得ない。逆も同じだ。ここのかき氷はハワイのかき氷だ。新婚さんのリムジンが店先に止まっているのも珍しいことではない。ロコたちより観光客の立ちよりが目立つ。旅行中にみるつかの間の夢、ハレイワの町での甘い虹の色がしばらく心を占める。店頭のベンチや立って食べる辺りのこぼれたシロップの香にハチたちが飛び交う。南国の昼下がりの風情だ。この風情を絵画におさめた画家もいる。

風情といえばやがて見える「橋」橋梁はしっかりしている。この形がいい。自動車がすれ違うほどの巾はない。ましてバスなどはほとんどぎりぎりの寸法だ。
小さい橋だが、車はここで一旦停車、お互い相手をやり過ごすことになる。待ちながらここの人は生活してきた。過去もこれからも・・・・日本人もっと「立ち止まる時間」を持つことができれば、前述の3万人が自ら命を落とすようなこと、少しは避けられるのでは・・・・橋には作られた古くからの時代が凝縮されている。際立った建造物の見当たらぬ町で、間違いなくハレイワのランドマークだろう。下を流れる川が海岸近いことを教えてくれる。

渡ってすぐ道は二またに別れる。まっすぐに近い方を選べば、左海沿いの公園に出る。もっと進めば、バイパス道に合流する。二またを左折する。しばらく行くと今度は右手に陸揚げされた船影が見え、レストハウスの屋根が見える。駐車場に車を止めてつま先上がりの道を海岸へ、砂山を登って眺望が開ける。ノースショアー・・・・強い日差しがビーチと海を鮮やかに見せる。

Mmm1言葉どうりオアフの北西部太平洋が目の前に広がる海岸だ。冬場貿易風にまとも受けて、大波にさらされる海岸、サーフアーの聖地でもある。さすがに海岸にハーバーや、やわな観光施設がない。これを見ても冬期のきびしい浜辺が想像できる・・・・それ以外のシーズンはごく普通の濱と変わらぬ様相を見せている。子供たちが波と戯れている。サーファーの卵たちが孵化する準備中といえる。声までは聞こえない。単純な波の音だけが聞こえる。
ノースショアーへ行こうとすればチェアーは必要になる。砂の上に座するのも悪くないが、そこそこ長居しようとするとこれも難儀だ。最初のアメリカ旅行、ロスアンゼルス・サンタモニカのビーチ、朝方バスの中から見たふたり連れの人影が、観光を終えての夕刻前同じ姿で椅子に腰掛けている。とにかく終日ビーチで過ごしたわけだ。


ハワイ三月に入ると季節は安定する。スツカリ冬とさよならした真っ青な空と碧の海、持参した椅子を据えて本を読む。目を上げる度に眺める海、本を読む時間を、ぼんやり海を眺める時間の方が上回る。
春の海、先ほど見たのと寸分違いのない波が寄せる。木陰を選んで座っている体がすっかり暖かい。

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