« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2-30) ゴディバ

これは孫娘に関するお話です。
1


孫娘の最初のお友達、「熊さんのぬいぐるみ」は、九州のわたし友人から届いた。『GODIVA』は有名なチョコレートのマスコットだ。
足の裏に年号が刺繍されている。その子は2004生まれ、彼女と同い年だ。少し大きくなって・・・もともとは「しろくま」だった。チョコレートを食べて育ったから今は茶色だと。
名づける「goriva」・・・・ なぜか生まれて間もない頃の彼女には『ゴリバ』としか聞こえなかった。5才いになった今も「ゴリバ」だ。

毎年クリスマスにマスコットは意匠を変えて登場するが、熊であることは一貫している。いくつか買い与えたが「ゴリバ」にはかなわない。ぬいぐるみも数年もつきあうと痛む。分からぬまま彼女に噛まれた鼻などあちこち名誉の負傷をしている。なんども洗濯・繕う。満身創痍だ。つい最近もともだちに「きれい」でないと非難されたそうだ。可哀想だとママが同じものをネットで探して買ったがこの方には手をつけない。

今年から幼稚園に通う。そのときは玄関に座らせて、行きも帰りも挨拶だ。外出は必ず一緒。もちろん他にも仲間は大勢いる。それぞれお気に入りではあるが「ゴリバ」だけは別格のおつきあい。自宅には「ゴリバ・マンション」があって、幼稚園の友達が来てもお断りして「ゴリバ」には触らせない。ハワイにも仲間の「しろちゃん」がいる。がかならず「ゴリバ」だけは連れてくる。今回で5回目のハワイだ。 

孫たち家族はドールプランテーションへ・・・「迷路」昨年は完走できずじまい。今回はリベンジを果たすとそろって出かけた。夫婦2人は終日家で静かに過ごす・・・


211
今日は孫娘のお誕生日、アラモアナの「マカロニ・グリル」でお祝いの食事を予約してある。
ハワイでは通常子供が席に着くと、「クレヨン」と「ぬり絵」が供される。注文が出てくるまでの手慰みといおうか・・・・この店では「ぬり絵」は出てこない。真っ白なテーブル・クロスに自由にお絵書きができるのだ。さすがに子供でも「書いてもいいの?」と母親に聞いた。おそるおそるそれでも自分の名前を大きく書く。まだ字を覚えたばかりの時だからこの思い出は強烈だったろう。

食事をしながらウエイターに孫がお誕生日だと告げた。しばらく何の反応もなかったから、通じなかったのかと思っていたら、食後にアイスクリームのプレゼントが届いた。きょとんとするちびちゃん。店の従業員が数人が彼女を取り囲む。真ん中の男性がハッピーバースディを「ハワイ語」で歌ってくれた・・・・「オメデトウ」テーブルの周辺で小さな喝采が起こる。

満足しての帰路アトキンソンの山手に大きな月が出ている・・・常夏の島、ヤシの葉影にかかる満月、こんなことまで予約してかなうものでもない。
ケーキは準備してある。家で再度祝う。「5才おめでとう!!」と家族が。「ゴリバ、オメデトウ」と彼女はケーキの火を吹き消す。


Dscn1086
暗くなったのでカーテンを開けると思いがけないスコール。外出中の家族に電話を入れる。「ヒルトンホテル」にいるという。すぐさま迎えに車を走らせた。土砂降りで既に道路はところどころ灌水・・・・走りにくい・・・・晴天率の高いいワイキキは、雨には弱い大表的都会だ。さすがにヒルトンの玄関、車寄せへもなかなか近付けぬ。やっとの思いでみんなを拾う。どしゃぶりの雨が走り去る。『走り去る』という表現が正しい。雨雲が走り去る彼方に虹がかかる。


Dscn1184帰ってきて食事後、今日の出来事と外出中の写真を見せてもらう。カハラのホテルでのイルカの泳ぐ写真などなど・・・・今日一日の先々での光景が記録されている。
孫娘はビーチで遊んだそうだ・・・・彼女は「ハワイっこ」海や波はいっこうに怖がらない。それどころかビーチにいる時が一番うれしそうな顔をしている。浜で仲良しになったアメリカの子供、「今からカリフォルニァに帰るのでと、大きな浮き輪とビーチで遊ぶ道具をそっくりプレゼント」すると・・・お遊びの道具の数々を貰い受ける。子供達には人種の違いも国境もない。楽しい時間を共有した思い出だけが残る。その道具も次回来たときのためにハワイに置いてある。


ハワイ滞在中のメインイベント「Ruth 's Chris] Steak Houseへ、少し盛装して行く。孫娘はすっかり・・・・5年間毎年長期滞在していたこともある。外国にも慣れた。「水が欲しい・・・ミルクが欲しい・・・」くらいは自分でオーダーできる。

いずれの食べ物も相変わらずおいしい・・・我が家では現況「ハワイno1」の称号を与える。食後ビーチウオークをぶらぶら・・・・彼女が名付けたガスランタン「もえもえ」が夜の帳にしばらくお休み頂く。ごたごたした古いハワイ、何となく懐かしい感じがして、ワイキキの「恥部」を思わせた一画が再開発された。おもむき新たにここにおれば世界一級の観光地を確信できる。「もえもえ」と芝生の噴水を訪れる彼女に、われわれの声は届いていない。


Dscn1234昨日孫娘をつれて「コンドの探検だ」と、プールやエクササイズ・ジムやガレージ・・・・コンド周辺を歩きまわった。今日はママを連れてに同じところを案内したようだ。正確でこの子はなかなか迷子にならないのではと感心する。もうひとつ駐車場の自動車のライトを見て「この車のお目めは丸くて可愛い・・・・わが家の車は少し寄り目」と指摘する。今のところこの人のおすすめ車は「ニツサン・マーチ」・「ワーゲン・カブトムシ」に「ミニ」でどれも丸目だ。そういえばデパートMACY'sで、首のないマネキンに「こわい」と泣いた日もあった。垣間みる幼児の感性はすごいな・・・・・


孫娘は「キンちゃん」(これも彼女の命名、金魚のキンちゃん)にお別れの挨拶・・・・アラモアナSCの水槽に住む緋鯉、生まれた時から背びれが曲がっている、「えさを与えても他の魚に取られることが多いから目もわるい」と彼女はいう。それだけにキンちゃんが与えたものを食べたときは彼女が満足する。1才から5才の今日まで滞在中は必ずえさを与え続けてきた。魚はすっかり大きくなって今も元気だ。

「来週幼稚園で音楽会があるの・・・・どうしても日本へ帰らなくてはならない・・・・またくるからね」とキンちゃんご挨拶して涙がぽろり・・・・お別れのえさを与えたら見知らぬ男性に叱られたと・・・・初めてのことだが相手も事情をご存じない。母親が傷ついただけで、英語の通じない孫娘には告げぬにおく。

夢ををいっぱい詰め込んだ荷物、滞在中に「ゴリバ」に新しいお友達が2人増えた。彼等は彼女が自分で持ち帰る。ぬいぐるみを背負うバッグも買ってもらった。これに「ゴリバ」を、背おうリユックに新しいお友達が2人・・・・振り分け荷物だ。「写真にとって」・・・・前述の写真が残る。

am11:00 タクシーがコンドの玄関に到着する。すっかりなじみになった運転手にKさんにシュークリムいただく・・・「どうしてうまくお迎えがくるのか」と孫娘は未だ電話で予約することなど思い付かない様子だ。空港のチエックイン、予想と違ってすいすいだ・・・・NW16便am1:20発で空港内に消える。ハワイ時間pm11:30分、今夜遅くには関西空港に到着予定だ。荷物のチエックをすませて遠くなった孫たち家族に手を振る。


夫婦2人、The Busで・・・・帰宅
Dscn1798ヨツトクラブへ花火を見るために立ち寄る。セントパトリックのお祝のパーティで賑わっている。玄関でミドリ色したネックレスや帽子など記念品をいただく。
ドドン・・・ドドン花火が上がる。最近「花火」の歌に凝っているから、本物を見せてやろうと計画したが、行くまでは「恐い!! お家にいる」といっていた本人も納得。「花火キレイね」と満足して帰る。

Dscn1799孫娘がビーチへ散歩にでた。迎えがてらに後から出かけた。携帯を忘れたがすぐ分かるだろうとタカをくくってきた。土曜日のビーチは大勢の人出・・・・日本の大勢と基準が違うことは断っておく。
砂浜でお砂遊び・・・・わたしと一緒に波打ち際で足を浸ける。去年は水に足を浸けただけで、からだが硬直していたのを思い出す。さすがに今年はもうそんなことはない。波を追い掛けて、波から逃げて・・・・日本で海水浴に出かけるのは大仕事・・・こちらでは10分も歩けばビーチ、この贅沢も存分に楽しんで欲しい。

いろいろな思い出がよみがえる。われわれ夫婦に会話は無い・・・・

翌日「日本時間午後8時40ごろ、家に帰ってきました。速く帰れて良かった。また明日連絡します」とメールが残っている。肩の荷が降りたと同時に静かで寂しくなった。
大阪の気温が2〜7度程度ハワイ帰りにはとても寒いだろう・・・・

数日後元気に幼稚園からかえってきた孫娘、友達にハワイの「バンソコウ」をお土産にあげる約束をしてきたら、自分のものがなくなった。帰りに私の分買ってきてほしいと電話で、リクエストが届く・・・・元気に幼稚園へ行っているようだ。幼稚園の「発表会」も無事おえた・・・友達の家へ遊びに行った。もう自分の世界に戻っている・・・・

|

2-29) 返品

 
Photo_6「クリスマスプレゼントを返品したい」クリスマス前後から年末にかけて、米国のおもちゃ屋や量販店は子供ずれのこんな客でいっぱいになる。この時期米国の家庭では友人、親、親戚同士で気軽にプレゼントを贈り合う。子供なら一人で数十個のおくりものをもらうのも珍しくない。欲しかったものと違ったり、同じものをもっていたりすれば返品・交換ということになる。「贈り主に悪い」と遠慮する日本人とは違って合理的だ。
もらった人が返品できるのは贈りものにレシートが同封されているからだ。「ギフト・レシート」を同封することは品のないことではなく、むしろ礼儀正しい習慣と見なされる。レシートがあれば店側も心得ていてあっさりと交換してくれる。新聞記事の転載

□  □  □  □  □  □ 



274各デパートやROSSやOLD・NAVYなど・・・・大型衣料店・専門店などの試着室は何処もにぎわう。衣装を抱えるほど持ち込んで試着してみる。店によっては試着室入口には係員がいて、持ち込む数に制限があるが、ただし一度の持ち込みがということで、数回おとづれると何着でも可能ということになる。着てみて不要なものは係に返却、いるものだけを・・・・それでも抱えるほどという人も多い。日本人の我々には理解できない光景だ。「こちらの人の購買力はすごい」とただただ感心して見ていた。試着室で試したとして、サイズや気に入り具合を入念に確認できたかというととんでもない。とにかく候補商品は持ちかえって家で試着する。家族のアドバイスもうけることができる。熱気が少しさめてきていらないものも出てくる。数日後返品ということになる。「購買力のすごさ」は後日の顛末まで見届けないと正確でないかもしれぬ。それほどレシートをつけての返金と返品処理は制度として定着している・・・・前述のROSSなどは購入した店でなくとも、返品・返金を受け付けると公表している。レンタカーの返却、借りた窓口でなくとも良いという制度と同じ仕組みだ。消費者としてはすこぶる便利な仕組み・・・・



Dscn0525いつだったか孫娘に買ったお土産の靴、それでなくとも難しい品物の一つだが・・・・「一度お履きになって万一ご不満ならば交換いたします」というのが去年の春、アラモアナSCに出店してきたデパート、ノードストロームの逸話もある。「靴は履いてみないと分からない」というのを社是にして信用を得たと書いてあった。ことに成長期の彼女に持ち帰ったものが合わなかった。「さあ!! 困った!!」かわりに履ける人もいないまま・・・・次の年まさかと思いつつハワイに持ち込んだ。同じものは見つからなかったが、サイズ交換を・・・店にあった期間より我が家の靴箱に保管されていた期間の方が、長いのではと考えると申し訳ない気分になる。

いろいろなキャンペーンが手を変え品を変え行われる。よく現場から文句もでずにやれると、元宣伝部の私が感心するほどだ。デパートの大売り出しでサングラスを買う。2年ばかり使ったら故障した。修理に出したいが期間がかかる。帰国日があるからその旨を伝えたら、私の持ち込んだメーカーの商品の陳列がここにある。この中のものを選べといって交換してくれた。私としては「使っていて壊れたのは私側の責任だ」と申し入れたことをお伝えしておく。

|

2-28) 自動車ショウ

Dscn152009年
アラモアナのコンベンションセンター「オートショウ」が開催されている。
シニアー・シチズンで入場料$5:00・・・・展示会場は1階の大ホールだが、開場のam12:00まで少し時間がある。とりあえずコンベンションセンター内をうろつく 。 ハワイでも珍し大建造物の一つだ。 自宅の近くにあって前は始終通るが、中をゆっくり見ることはなかった。

3層のサスペンションガラスがはめ殺された玄関付近・・・・建物を通り抜けての裏側はオープンエアーになっていて、熱帯植物が建物内を大胆に飾る。目の前、運河越にはコンド群がせまる。ハワイで最初に住もうとしたアラワイ1717はすぐ目の前だ。写真に残す。

この種類のショウ、車の好きなアメリカで人が入っているとはいえ、混雑も無く快適に見回ることができた。日本なら人込に疲れる・・・・大都会必ずしも人が大勢住んでいるから魅力とはいえぬ。適正人口というのがあるはずだ。

高級車数台がショウの「目玉」として・・・・マセラティやフェラリーの数千万するものまで見せるだけでなく触らせる。マセラティの室内に座ったが、数千万という感慨はなかった。走るという機能に重点をおいていて、エンジンを掛けて分かる性能が売りなのだろう。

日本車の元気が目立つ。中でも小型車の質と価格は抜きん出ているが、大型車は互角以上の車種が米車にもある。持ち帰ったカタログを見る。一部だが日本での価格帶とハワイでの価格に差のあるものが多い。ハワイの方が安いというのも理解に苦しむ。太平洋の真ん中、「陸の孤島」車など大型商品は搬送というハンディがあるはずだ。もし日本国内でアメリカが対当に競争をしていたら「クラウン」の今日はなかったと思える。日本人我々がもっとアメリカ車を選べる機会があればと残念でならない。

世界の車だんだん似たものになってきているように見える。エンブレムを外したら果たしてこれが日本車だと識別できるかといわれたら、ビールの味ほど心もとない。それと車の価格帯特殊なものは別だが、各社200〜300万円台がターゲットのようだ。このクラスでの競争が激しい・・・・


5/4
クライスラーにつづいて GMも政治の支援は、のぞめない様相になってきた。GMはアメリカ繁栄の象徴でもあった。今日自由と可能性の国で国有企業になる。大きな歯車がギイという不気味な音をたててまわった。蹉跌の理由を指摘するのも単純ではないが、マーケティングを駆使して業績を伸ばしてきた会社が、エコや小型化にシフトする時期を見誤った。

追走するTOYOTAが此処へ来て業績を確保、進捗させているのは「ハイブリッド」と呼ばれる車種だ。 専門的な知識はご勘弁いただくとして・・・・ ガソリンと電池を併用した車は、ガソリン以外のエコ燃料を探し当てるまでの過程?、おそらくTOYOTAでは電池車になるのだろうが、実験しながら「ハイブリッド」とよばれて、この車種が快走しているのだ。「実験中・ 実験中 ・実験中 ・実験中・・・・・」と車を走らせながらのこの社の政策は、他社が同社種を出した翌月には、すぐさま「 ハイブリッド」廉価車で対抗するしたたかさも持ち合わせている。


6/4
J三菱自動車が電気自動車を 「アイミーブ」を 発売した。大手の自動車会社で一番乗りと申し上げてよろしいか。

価格が¥459万円・・・(右表)
「アイミーブ」の本体は「アイ」という既存の小型車、価格は¥106万円〜とある・・・・既存車にのせるという選択は間違いではない。とすると搭載電池が¥300万円することになる。物が売れる理由の一つに「値ごろ感」というのがある。

「エコロジー」をいち早く取り入れた先端技術の開発、諸般の事情を加味するとしても、この価格設定はメーカーの「エゴイスト?」が全面に出過ぎている、折角のチャンス、技術の一番乗りをうまくビジネスにつなげていると思えない。



オートシヨウに話を戻す
今年のオート・ショウは自動車会社の不参加が話題だったが、それを補うクラッシックカー(カスタマカー)の参加があって見どころは多い。
英国車というカテゴリーのカスタムカーに「MG」を見たが、「バンデン・プラス」(残念ながら出品なし)この2台が、現在の車のデザインの原点だと思う。


12
3
4

|

2-27) メクラ蛇に怖じず

パソコン音痴の親友へ
99%打ち終えたら文字が消える・・・・古いパソコンをお使いでしょう? わたしもコンピューターには泣かされました。

しかし、しかし、これは貴兄がご専門でよくご承知のこと・・・・例えば子供達が小学生だった時代の運動会で使った映写機、貴社製とはいいませんが、肩に担がねばならぬほど大型でテープを使っていました。今は手の平サイズ・・・・これを技術の進歩と呼ぶのでしょうが、その時写したテープによる映像はCDやDVDに取って変わられ、今や再生の方法もありません。わずか十数年で「ゴミ」になり下がり、さすがに捨てるわけには行かず、押し入れの奥に・・・・こんな状況は私だけではなく多くの人人が「そうだ」と膝を打つところです。しかしいつまでも仕舞い込んでいると、リサイクル法などができて破棄するのに、手続きと費用がかかるようになりました。

セピア色に変色した古い写真、江戸時代最後を生きた「篤姫」に写真機が出てきます。印画紙の焼いた写真は200年近く生き延びて今も現存します。阪神大震災を経験した私たち、地震でなくしたものの中でとりわけ「家族の写真」を持ち出せなかったことが、一番悔しい思いだともいわれています。そんな大切なものを「紙焼きの写真」からデジタル化して保存していますが、これが将来におよんで絶対という保証はないようです。

コンピューターに関しては「データー」の読み出し専用にと、おいてあった旧式を思いきってメーカーへ手数料を支払って引きとって貰いました。

貴兄が在籍しておられた弱電業界、走りながら製品化を急ぐ・・・・「不具合」という便利な日本語を多用しての業界は、亀の歩みのような発展の遅い、薬業界からは想像も付かない世界です。

私は仕事の関係からパソコンになじんだ・・・なじまざるをえなかった。
「ワードプロセッサ」という言葉を最初に聞いた時も、文字を機械的変換から電気的変換するという説明も、それがタイプライターとどう違うのか・・・何度説明を聞いても理解できませんでした。

自分が使ってきた台数を金額に換算して、その膨大さに愕然としました。(初期のコンピューターは高かった)・・・・しばらくは頑に新しいパソコン売り場に近付かないようにしていました。進歩はユーザーの一方的な負担によって支えられていた。といっても過言ではありません。

Dscn1856時移り・・・時代に逆らう。新しい技術革新に目をつぶる・・・後ろ向きの姿勢で得たものより失うものの方が多いことに気付きます。

こんなことを愚痴っても仕方がない。ということに気が付いて、積極的にあたらしいものを使う。PC(パーソナルコンピュター)はそんな代表的商品です。日本人の倫理観を破壊する「もったいない」が通用しないツールです。いたし方ありません。

わたしはマッキントッシュを使っていますが、私が付き合いを断っていたうちにこの機械は完成度を高め、安定度を増していました。内臓部にインテルが使われるようになって、まずスピードは格段の進歩しました。精度もほぼ完成に近いかと思います。ただなんであんなに使わないソフトまで進歩の名でやるのか? もっと「基本的ソフト」のみを搭載した、廉価版が登場してよい頃だと・・・・・

「インターネット」と「メール等作文機能」と「表計算」(表計算は業務用でも可)程度の、シンプルで使い勝手が良くて、廉価な普及版を作って欲しいと、前回貴兄にお会いした時申しあげたかと存じます。

貴兄の文字消え、文字化けは、機械を変えたら治ります。変えない限り治りません。
盲蛇に怖じずと申します・・・ハワイから専門家の貴兄にたわごとを送ります。

何卒ご容赦のほどを・・・・アロハ

|

2-26) 機内食

1954年、日航は東京〜ホノルル〜サンフランシスコの国際線に参入した。
当初は現在のファーストクラスに相当する客席のみで、飛行時間も48時間以上かかったため、本格的なメニューの機内食が用意された。就航直後のメニューは、まず羽田を出発後、最初の機内食が前菜盛り合わせとサンドイッチ・デザート類。給油のため着陸したウェーキー島のレストランで朝食、次は機中で昼食としてコンソメスープ・ローストチキン・サラダとデザート。夕食はホノルル到着時。最後は機中で朝食グレープフルーツ・シリアル・ハム・トースト、サンフランシスコ到着まで5回の食事があった。

日航は05年7月から電子レンジで炊飯したごはんを出しているが、機内は地上より気圧が低いために普通に炊いても美味しくならない。試行錯誤した・・・以上日経新聞

   *   *    *   *   *   *

上記の記事で巻頭の「フアーストクラスのみ」を見落としていた。その上で「一般客はおにぎりや弁当を持ち込んだのだろうか?」という疑問が頭を過ぎった。後日この話を友人M氏にした。当時の「ロスアンゼルスまでの客席は総てファーストクラスです。」と飛行機に乗ったことの無い彼の返事が素っ気ない・・・・

機内食は飛行機に乗った時の楽しみ一つだった。香港への旅、キャセイ航空を主要に選んだのも機内食の質の高さからだ・・・・上級シートに着く。配られた「シャンパン」こはく色の液体に小さな白い泡がグラスにかけ上る。まだ「旅立つ心」はこのシャンパンのグラスのようにはさざ波すらたてない。その後に出る日本料理は上品にしつらえられた、一級の会席といえるほどのものだ。一度など近くの席のアジア人、床に直接座して食べていた。その気持ち何となく分かるような気がするほど、みごとな日本料理だった。伊丹を飛び立って約1時間食事に夢中になっている乗客に「右手下に桜島の噴煙が見える」とアナウス・・・ 未だ日本の空をを脱していないことを教える。
機が飛び立つ前に飲んだシヤンパンの影響か? 日常と非日常の狭間に身を置く悦楽の瞬間にだ。年に数度は仕事で通う鹿児島、その時の機中とは違う。 海外への旅立ちという高揚感に酔いしれる乗客、これが好きで休暇は決まって香港で過ごした。
後は東支那海を南下する・・・・

KALのビジネスクラスでロスアンゼルスから帰えった。別枠メニュー、スペッシャルオーダーに「麺」があった。韓国の麺は腰があって、麺としては一級の食材だ。長旅機内食に食傷気味だったのと、もともとが口賤しいのとで麺を注文した。四角い発泡スチロールのインスタントラーメンが出てきた。韓国製とはいえ「三分間待つのだ」という日本の発明品だ。「ビジネスクラスですょ」期待はみごとに外れた。その後太平洋路線、ソウルに到着するまでの長い時間空腹での苦痛が蘇る。「これには参った」

機内食と飲み物はサービスされた。 そのソウルへ・・・・・・・友人のT君仲間と旅立った。機中ビールを飲む。これも楽しみの一つだ。気圧の少し薄い中での飲酒はよくまわるともいわれる。それに開放感が絡まって 飲み助にはたまらない時間だろう。3度目のお変わりは到着時間もあって,アテンダントが忙しくてとうとう届かなかった。その時のT君の恨めしそうな顔・・・・・・彼も数年前逝った。
咋今このサービスもNWのハワイへの便では$5で有料となった。乗客が成熟したと考えるべきだろうか?


飛行機自体も進化した。空港建設時騒音が問題になるが、・・・・・3番目の弟が結婚した頃、1980年代新大阪のマンションに住んだが、真上を降りてくる飛行機の騒音たるや凄まじい物で、その瞬間は少なくとも日常生活を犠牲にせざるを得ないものだった。耐えられずにすぐさま転居した。最近その辺りへ時々立ち寄るが、今やそんなことはほとんどないという実感がある。 定かなデーターを持ち合わせていないが、空港建設の際の騒音という問題、近未来の飛行機が自らが解決するのではないだろうか。

機体が大型化したり、飛ぶ距離が伸びたり・・・・・・前述の新聞記事を見てもハワイまで、ウェーキー島へ立ち寄らねば行けなかった。現在は7〜8時間で飛ぶ。ビジネスクラス・シートはフルフラット・・・・・座席を倒すとほとんどベッドになる。そのベッドにマッサージ機能がついていて、移動中からだをほぐせる・・・・・・まあそんな機能より「エコノミーのシートの間隔をもう少し広く取ってほしい」と願うのが、乗客の要望ではないだろうか?


宣伝部在籍中の仕事でパンナム航空と提携して、アテンダントが使用する「エプロン」と「機内食用食器」をノベルティーとしたキャンペーは好評を博した。確かに企画は時代を切り取っていたと自負している。まさにこの時代飛行機、まして機内食は大衆の夢の1シーンであった。

もう少し詳しく記すと機内食用の食器は、メラミン樹脂で作られたノリタケの製品だった。世界の翼パンナムも倒産、時代は変わったが、「機内食用食器」の方は今も変わりない。

その機内食もパスすることが多くなった。殊にハワイへの便は出発が遅いからその方がベストだ・・・・・搭乗前にビールでしばらくさよならの日本食。「少しでも早く、少しでも長く」眠りにつく体勢が明日からを快適にする。

|

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »